環境問題は政治的な問題である -ポスト京都議定書の枠組み
2007年12月11日(火)エディター&ライター 平岩優
「ポスト京都議定書」の枠組みを話し合う国連の気候変動枠組み条約締結国会議がバリ島で開かれているが、削減方法をめぐって各国の駆け引きが活発だ。いまや”地球環境を守る”といえば錦の御旗を掲げたようなものだが、そもそも環境問題というのはきわめて、政治的な問題である。環境対策には経済的利害が発生するし、その科学的根拠もあいまいであるからだ。
たとえば、一時人類の存続にかかわるような騒ぎとなった約70種あった環境ホルモンの問題はどこにいったのだろう。当時から、DDTの残留でしかないなど否定的な意見があつたが、先日ある経産省系の環境団体の研究者にうかがったら「ほとんどがシロ」だという。800度以上高温で焼却すればダイオキシンの発生が防げると、当時日本やアメリカの自治体が地方債まで組んで、大型ゴミ焼却炉を導入したが、本当に必要だったのかどうか、専門の研究者にうかがってみたい。
アメリカが京都議定書の枠組みに参加しなかったのも、EUとの確執であろう。もしノーベル賞を受賞したゴア元副大統領が大統領になったとしても、アメリカは参加したかどうか。そもそも、ゴア氏とIPCCがノーベル平和賞を受賞したこと自体が政治的判断で行われた可能性すらある。
IPCCの報告書の内容についても疑問を投げかける高名な科学者も多い。といって、CO2排出削減をはじめとする環境対策が必要ないといっているのではない。IPCCは温暖化ガスの影響は排出してから数十年にわたって影響が残るので、いま削減しなければ手遅れになるといっている。疑わしきに手をこまねいているわけにはいかないのである。
しかも、ここ数年だけみても、省エネ対策が進められることにより身近な家電製品、自動車のエネルギー効率はどんどん向上しているし、企業の省エネ・資源を目指した技術革新により生産コストが削減されている。東京都のディーゼル規制の断行で、東京の空気がきれいになったことも私自身大いに実感している。
しかし、地球温暖化防止に関しては現在の京都議定書のように参加国のCO2排出量が世界全体の3割にしか過ぎないのでは意味がない。日本が約束通り90年比6%削減したところで微々たるものである。アメリカ、中国、インド等CO2を多量に排出する国を参加させる枠組みづくりに知恵を絞らなければならない。戦後の国際的な枠組みは、国連しかり核拡散しかり、戦勝国の利害に基づき構築されてきた。大国同士が利害で争い、調整した公平感の乏しい枠組みでは、経済発展に遅れてきた未開発国は参加しないだろう。
京都議定書の枠組み自体、EUの思惑が感じられる。削減量を義務化しても域内貿易量が多いので競争力を殺がれない。90年排出量を基準値にすることで、エネルギー効率が悪く排出量の多い東欧諸国を組み込むメリットも活かせるからだ。それに比べ、90年時ですでに世界で一番エネルギー効率の高いモノづくりを実践していた日本にとっては従来以上の省エネを実現するのは、よくいわれるように乾いた雑巾を絞るようであろう。
実質的に2009年にスタートする「REACH規制」もおそらくEUが化学物質規制の世界標準に向け先鞭をつける試みであろう。この規制は約3万種類の化学物質について、企業に安全性評価を義務付け、化学物質についての情報を登録させる制度である。登録の対象となる業種も自動車、電機や、玩具などの製造業だけではなく、たとえば化学染料が使われた布地を用いるアパレル業などにも及ぶ。EUで商品として流通するためにはこれらの製品ごとに登録する必要があり、莫大なものとなるであろう登録料が新設された欧州化学庁の運営費となる巧みな制度である。
またEUではすでにEU27カ国を対象にしたキャップ&トレイド方式の域内排出権取引制度(EUETS)も導入している。この排出権クレジットは京都議定書が導入したクリーン開発メカニズムにより発行された排出権とは違い、EU域内でしか通用しない。キャップ&トレイド方式は企業にCO2排出量のキャップすなわち上限を定め、それより削減した分を排出権として、削減できなかった企業とトレードする仕組みである。数日前アメリカの上院本会議でも排出権取引の導入が議論されることが決まった。
EUETSに関しては今年、環境庁、経産省、日本経団連が協同で実態調査を行っている。キャップ&トレイド方式の排出権取引制度に反対する日本経団連の永松恵一常務理事は、企業から政府へ、政府から欧州委員会へ、上限の割当をめぐり約800件もの訴訟がおきていること、さらに事業所間の取引が少なく、金融機関等の仲介者が市場に参加し、実需に基づいたマーケットメカニズムが働かず、排出権価格に変動が激しいことを指摘している。
京都議定書による排出権取引は市場メカニズムの仕組みを取り入れた環境対策として注目されたが、ヘッジファンド等の資金が流れ込む昨今の石油市場を見ていると、なんらかの補完対策も考えなければならないだろう。また、中国の代替フロン増産に対し、EUは排出権を目的にして生産することに警戒感を強めている。ちなみに代替フロン類は温暖化係数は高く、たとえばHFC23はCO2の1万7000倍で排出権獲得の投資効率が高い。
もう15年以上前になるだろうか、大手化学メーカーのダウケミカルジャパンの環境管理部長から、アメリカでの消費者による化学メーカーのイメージは下から2番目でたばこ産業に次いで悪い、と聞いたことがある。しかし、医療薬から日用品まで化学品なくして、我々の生活はなりたたない。以前、知人の女性で地球環境にとって人類は悪であるとの思いから、子孫はつくらないという人がいた。一人の生命は地球より重いという方があったように思うが、同じようにナンセンスだと思う。
人の踏みこまない野生の自然より、里山の方が生態系が豊かだという。課題は良くも悪しくも20世紀をリードした豊富な石油資源のうえに成り立ったアメリカ型文明からいかに脱却するかだ。政治的駆け引きが必要ないとはいわないが、すべての国が参加できるポスト京都議定書の枠組みづくりに人類の英知を結集して欲しい。
平岩さんにメール hk-hiraiwa@tcn-catv.ne.jp