カンボジアで15校目の学校
10年以上も前から「セカンドハンド」というリサイクルショップを経営してその収益でカンボジアに学校を建設しているNPO法人が高松市にある。代表は新田恭子さん。本業はフリーのアナウンサー。国連教育科学文化機関(ユネスコ)主宰のカンボジアでワークショップに参加してから直ちに行動を起こし、ほとんど一人でカンボジア支援のスキームをつくった。そのNPOから年に4回「セカンドハンド通信」が届く。その度に「偉いもんだ、かなわないな」とただただ頭が下がる。
人間は弱くて忘れやすいから、読んだ翌日から日々の仕事や生活に埋没してしまう。また3カ月すると「あー、そうだった」と何も出来ない自分を振り返る。それでも新田さんのおかげで年に最低4回は自分の行いを振り返る時間をつくってもらっていると感謝している。
このニューズレターには毎回、胸きゅん物語が書かれている。昨日届いた「48号」には、カンボジア南東部のスヴァイリエン州のコープリン村での15校目の学校建設の経緯が紹介されている。3月25日、村で建設決定を発表する席で新田さんは村民に向かってスピーチをした。
「日本は豊かだから学校建設なんて簡単な支援だと思う人もいるかもしれないけれども、決して簡単ではなく、この資金の陰には多くのボランティアの方々の協力、支援者たちの思いがあるんです」
学校から国道まで10キロの道のりがあり、自動車も満足に走れない。学校建設のためにはまずは資材を運ぶために道路建設から始めなければならなかった。地区の村民には農地提供と道路建設の協力を仰いだが、なかなかよい返事をできない村民もいた。村長の一言が村全体を動かした。「私たちにはいくら努力しても建てることが出来なかった学校が今現実になろうとしている。村の子どもたちが読み書き、計算できることで将来が大きく変わる。知識は何よりの財産だから、今私たちが農地を提供することで子どもたちの未来を開こう」と呼び掛け、全員の合意を得ることができたという。
セカンドハンドが、この地区に学校がないことを知ったのは同NPOが支援している職業支援センターの職員が遠くてセンターに通えない人たちのために実施している出張指導がきっかけだった。以前に村民がお金を出し合ってお金ができた分だけ少しずつ、2教室から校舎建設から始まったが、その後が続かなかった。事情を知ったセカンドハンドは別の土地に5教室の学校を建設することになった。
その記事の下に小さい字で「※」の解説があり、「この学校建設事業の一部に匿名希望の方から、生前、教育に熱心であったご両親の遺産を充ててほしいとご寄付いただきました」と書かれてある。なかなかできることではない。日本も捨てたものではない。
寄付で成り立っている途上国支援のための慈善団体は数多くある。問題は人件費や経費でせっかくの寄付金が生きないことである。しかし、セカンドハンドだけは違う。新田さんの強力な指導力で売り上げや寄付のほぼ全額がカンボジアにわたる。ぜひ、あなたも胸きゅん一族に仲間入りしてほしい。