2007年03月05日(月)NakanoAssociates中野 有
 ニューヨークタイムズ、2月26日の読者投稿欄のイラン国連代表部の広報担当官の意見が目に留まった。時には社説やコラムより切羽詰った訴えを投稿欄から読み取ることができる。「米国は大量破壊兵器の保有を口実にイラクに先制攻撃を仕掛けた同じ間違いをイランでも行なおうとしている。米国のイラク戦争の失策を相殺するためにイランをスケープゴードにしている。それを欧米のメディアが増長して伝えている」。
 欧米のメディアが伝える、米国のイラン核疑惑施設攻撃の確率は30%、イスラエルの攻撃の可能性は30%である。米国とイスラエルの利益が一致すれば、攻撃の確率はさらに高くなる。ワシントンのシンクタンクの議論から、イランへの攻撃を回避する勢力はどこに存在しているかと考えさせられる。約1年前にシンクタンクのセミナーで、イランへの攻撃の可能性を質問した時の専門家の反応は、イラク問題が優先され可能性はかなり低いとのことであった。しかし、最近のセミナーでは、多くの専門家がイランの空爆の可能性を議論している。
 ワーストケースシナリオを想定するならば、イランへの攻撃で被害を受ける国より恩恵を受ける国が多いと思われる。
 第1、米国は、イラクへの地上軍投入で失敗したことを、最新鋭の空軍の威力で相殺できる。イラク問題をイランの核問題にシフトさせることで、ホワイトハウスとキャピタルヒルの対立を煙に巻くことができる。ブッシュ政権の不信を払拭し、大統領選に向け共和党の巻き返しが期待できる。既にペルシャ湾に2隻の空母が配置されイランへの軍事的圧力が仕掛けられている。
 第2、米国のイラク戦争の失策で恩恵を受けているロシア、中国、北朝鮮、イスラエルは、新たなる恩恵を受ける事ができる。ロシアはエネルギー価格の上昇と、天然ガスのカルテル構築に役立つ。米国のイラン攻撃がなくなれば石油価格が10-15%下がると言われている。中国は、米国の外交の真空を巧みに利用し、アフリカ、中央アジア、中南米への資源外交を継続できる。北朝鮮は、米国がイラク戦争、イラン問題で躓くことで、ミサイル発射、核実験を通じた軍備強化の時間稼ぎが可能となる。イスラエルは、スンニ派とシーア派の分断を通じたイスラムの力を削ぐことができる。1981年のイスラエル空軍によるイラクの核疑惑施設への攻撃の成功を再現できると同時に、イスラエルの中東における核の支配を継続できる。
 第3、サダム・フセインの最後のメッセージは、ペルシャ(イラン)のシーア派によるイラク占領に対するイラク人の団結であった。シーア派により処刑されたサダム・フセインは、スンニ派を主流とするアラブ諸国から同情と共に英雄として崇められた。アラブの敵は、ペルシャだとの敵対心がイランに向けられている。中東の中核であるサウジアラビア、エジプトなどは、米軍のイラン空爆を傍観する可能性が高い。
 第4、イランが国連安保理決議に反し、ウラン濃縮活動を継続している。経済制裁の強化を経て、軍事制裁のオプションが模索される。
 第5、イラン国内の不安定要因。昨年12月の地方選で見られたようにアハマディネジャド大統領の支持基盤は弱体化している。事実上、最高指導者ハメネイ師は、大統領を解任できる立場にある。
 第6、イランはヘズボラ、ハマスをはじめ国際テロを支援しており、イランの体制の変化が、国際テロの問題解決に直結すると考えられる。
 第7、IAEAによるとイランの核開発に少なくとも3年、恐らく5-10年必要である。しかし、一発触発の状況が意図的に作られているように映る。
 イランがスケープゴートにされても、国際社会の反応が鈍いように思う。しかし、ニューヨークタイムズのトーマス・フリードマンも指摘するように、イランは、女性の参政権や学生の就職状況など中東で最も自由な国の一つである。また、30歳以下が3分の2を占めるイランの社会は、西側の価値観を理解する潜在力が高い。
 イラク研究グループが示すイランとシリアとの建設的、直接的対話を避けてきたブッシュ政権であるが、3月10日に開催される中東諸国会議でイランとシリアと同席する。敵対する国と対話する時は、ブッシュ政権に有利な条件がイラン側から提示された場合か、ブッシュ政権は敵対国との対話なしでは、やっていけないという状況に陥っているかのどちらかであろう。
 中東はイラク戦争の複雑化、イランの核問題、パレスチナーイスラエル問題、スンニ派とシーア派の対立など、近年で最も不確実性が高い地政学的状態であろう。このような危機的状態から抜け出すためには、中東問題を包括的に考察しながら地域協力、安全保障のフレームワーク、経済刺激策、国際支援策の具体的な青写真を描くことが重要である。イランの石油とホルムズ海峡の石油ルートに頼る日本は、米国やイスラエルによるイランの核疑惑施設への攻撃を回避する外交的努力を強化すべきであろう。

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