2006年06月26日(月)Nakano Associates 中野 有
 テポドン2の発射兆候は、対北朝鮮外交を活発化させている。ミサイル発射の影響と平和へのシナリオを考察したく思う。
 大国は得てしてステータスクオ(現状維持)を選択するものである。中国は富国強兵策に特化できる。ロシアは、中ロの連携で、冷戦はまだ終わっていないと いうプーチン大統領の信念を貫くことができる。適度な緊張関係は、米国・日本・韓国の結束にマイナスにならないと考えられる。そこで冷戦構造の残存と勢力 均衡型が維持されてきた。
 米国・中国・ロシアの大国は、ステータスクオのメリットを利用しているのであり、それが逆効果・非生産的であるとの兆候が見え始めたときに対北朝鮮外交が刷新されると考えられる。

 ■米国内の対立
 6月22日のワシントンポストで、クリントン政権のペリー国防長官とカーター副長官は、北朝鮮がミサイルを発射する前に先制攻撃を行うべきとの主張を 行った。アラスカとカリフォルニアの空軍基地に配置されている11基の迎撃用ミサイルがテポドンを打ち落とす保障はなく、抑止のために先制攻撃が必要との 見方である。
 それに対し、チェイニー副大統領は、先制攻撃が及ぼすマイナス面を指摘し、外交圧力で発射を断念させることを優先するとの見解を示した。また、ペンタゴ ンは、北朝鮮をけん制する狙いもあり迎撃は可能とのシグナルを送った。
 キャピタルヒルでは、ブッシュ政権の対北朝鮮政策の失策が北朝鮮の瀬戸際外交を増長させているとの見方もあり、議会の圧力によりブッシュ政権の対北朝鮮政策が修正される可能性もある。

 ■ミサイル発射脅威を契機として想定される動き
ミサイル防衛の強化とペンタゴンの予算の増大
日米同盟の強化
韓国の宥和政策の修正、米韓同盟の強化
有事に強いドル
イラク・イラン問題に並び北朝鮮問題がG8で協議される

 ■北朝鮮がミサイル実験を行った場合
1999年の米朝合意のミサイルモラトリアム、2002年の日朝平壌宣言、2005年の六カ国協議共同声明の違反により直ちに北朝鮮制裁が発動される
国連安保理が経済制裁の強力な措置を行うことが予測される
膠着状態にある6カ国協議が強制的に再開されステータスクオの状況が変化する
六カ国協議と国連の連携で北朝鮮の孤立化が進む
経済制裁・軍事制裁によるハードランディングの圧力がかかる
紛争予防のための信頼醸成措置が示される

 ■北朝鮮の戦略思考
 これは筆者の個人的見解であるが、北朝鮮は東西ドイツ統一の成功例を南北の統一に活用する戦略を持っていると考える。西ドイツの負担により東西ドイツは 統一された。そして時を経て東ドイツ出身のメルケル首相がトップになった。見方によってはドイツの統一で利益を得たのは東ドイツだとの考え方も成り立つ。 韓国や国際社会の資金で南北統一が実現され、時を経て北朝鮮出身者がトップに君臨するケースもあるとすると、これこそ北朝鮮が考えるベストの戦略思考であ ろう。
 南北統一のためには紆余曲折の道のりがあり、その分岐点において戦略思考をタイミングよく実践する必要がある。米国の関心を引き、直接対話を行うと同時 に国際社会の妥協を引き出すためには、瀬戸際外交が機能すると北朝鮮は考えている。また、現実的にステータスクオの状況が継続されることで、米、中、露の 利益に適うと同時に北朝鮮の核・ミサイル開発が進む。韓国の見方は微妙であるが北朝鮮が核を開発することにより統一後には、核保有国になるとの欲もあると 考えられる。

 ■紛争回避のシナリオ
 筆者はここ数年、経済協力によるソフトランディング、経済・軍事制裁によるハードランディング、ステータスクオ、核兵器を保有する朝鮮半島の4つのシナ リオを唱えてきた。特に、クリントン政権のペリー国防長官が先制攻撃の必要性を提唱したことに対し、ブッシュ政権は外交努力、換言するとステータスクオを 維持しようとしたことから米国の対北朝鮮政策にステータスクオが前提となっていることが読み取れる。
 ステータスクオの現状では、日本が訴える拉致問題解決は難航してきた。見方によっては、北朝鮮のテポドンの脅威は、ステータスクオの打開に結びつき、日本にとってプラスに活用できると考えられる。
 筆者は、萬晩報で何回も孟子の性善説を前提に経済協力によるソフトランディングの重要性と、その具体策として北東アジアグランドデザイン(日本経済評論 社2002年出版)を唱えてきた。萬晩報の伴主筆も北東アジアグランドデザインの執筆メンバーである。
 ソフトランディングを実現するためには、孫子の兵法にある戦略即ち戦わずして勝つ技術的・戦略的に優位な立場が必要となる。
 安全保障には理想も大切であるがそれ以上に現実的、そして最悪のシナリオに対応する戦略が必要である。この見方は、性善説と性悪説の両方を駆使する考え 方である。北朝鮮は核兵器を開発しており、長距離弾道ミサイルの実験を行おうとしている。単純に考えて、将来、北朝鮮のミサイル攻撃を受ける確立が一番高 いのは日本である。その確立は、限りなく低いだろうと希望するがゼロでない。中長期的には、核兵器を保有する軍事大国であり、経済大国である中国と緊張が 高まることが予測される。平和を構築するためには、文化交流、経済協力のソフトパワーと、勢力を均衡させるハードパワーが必要である。
 そのハードパワーを充実させるためには、イージス艦や地上配置型防衛システムでは充分ではなく、宇宙空間における防衛システムの充実が期待される。この 分野を日米の叡智を結集し、アジアにおいて日本がトップの座を確保することにより紛争回避につながると考えられる。
 ワシントンのシンクタンクで開催された「生物・化学兵器のテロリズム」のセミナーに出席し以下の問題提起に驚いた。
 歴史的に生物・化学兵器使用は、B.C.500年に始まり、14世紀、18世紀、第一次・第二次世界大戦、イラクのクルド族、東京のサリン事件と使用さ れてきた。このように考えると現在、国際テロ組織やならずもの国家は、生物・化学兵器使用は可能であるというのが当然の見方である。にもかかわらず自爆テ ロは頻繁に発生しても生物・化学兵器使用のテロは発生していない。
 現在の外交・安全保障のパワーゲームでイランや北朝鮮の核兵器の開発やミサイルの問題ばかりに焦点が合わされ、それに対応するための軍事費の増強がなさ れている。そこで、もっと大切なことは小規模の生物・化学兵器の最大の脅威を抑止することであると考えられる。
 北朝鮮やイランが核兵器を使用すれば、その国は予測をはるかに超える報復を受けることは確実であり、そこで抑止力が機能する。しかし、ある国が強烈な経 済封鎖と軍事的圧力を仕掛けられた場合、十分予測されるのは、国家でなく国際テロ組織を通じた小規模の生物・化学兵器による報復であろう考えられる。
 それを対処するためには、文化・経済交流のソフトパワー拡充が不可欠である。加えて宇宙防衛産業を通じた科学技術の充実は外交・安保の抑止力として重要 となる。今、日本はテポドン発射脅威を契機にソフトパワーとハードパワーを通じた日本の平和のための戦略を考察する時に直面している。

 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp