「自民分裂」メディアのネーミングに異議あり
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
郵政民営化関連法案の参院否決により小泉純一郎首相が決断した衆院解散・総選挙で、新聞・TVなど主要メディアは、「自民党分裂」「自民党分裂選挙」「刺客」「落下傘候補」といった、明らかに事実と違う言葉や、選挙の本質を見誤らせる情緒的な言葉を、無責任に垂れ流している。
■自民党は「分裂」していない
小泉首相と自民党執行部が、衆院で郵政法案に反対票を投じた前議員を公認せず、小選挙区に立候補する造反派の前議員全員に対して、対抗馬の擁立を進めていることから、メディアは「自民党分裂」「自民党分裂選挙」という言葉を頻繁に使っている。しかし、この言葉の使い方は明らかに間違っている。自民党はまったく「分裂」などしていないからである。
政党が分裂したならば、多数の国会議員が離党し、党の中央組織の一部や地方組織(都道府県連のことを指す。選挙区支部は議員の個人後援会と事実上一体である)の一部が党から離脱しなければならないはずである。しかし、現状はそうなっていない。
造反派の前議員の多くは離党していない。中央組織に変化はない。地方組織も、反対票を投じた前議員を「県連公認」(実質的には意味がない)にするケースはあるが、党中央に反旗をひるがえしたところは皆無である。
8月17日には、造反派の綿貫民輔、亀井静香両氏らが「国民新党」結成を表明したが、この新党に当初参加したのは、自民の衆院前議員3、自民の参院議員1、民主の参院議員1の計5人だけである。
この新党は公選法の政党要件を満たすための、「選挙互助会」そのものである。現段階では「郵政民営化反対」の公約すら掲げていない。法案に反対票を投じた造反派の前議員が多数参加する動きなどまったくない。
小泉首相と自民党執行部は、法案には反対票を投じた前議員を排除しただけである。
■対抗馬は「刺客」ではない
メディアはまた、造反派の前議員の選挙区に対抗馬を擁立することに対して、「刺客」を送り込むという言葉を使っている。刺客とは対立する相手方を抹殺する人物、いわばテロリスト的な語感があるが、対抗馬は果たして刺客なのだろうか。
内閣の最重要課題である郵政法案が参院で否決されたことにより、郵政民営化の是非を最大の争点に、小泉首相は解散・総選挙に踏み切ったのだから、全選挙区に郵政民営化に賛成する候補を擁立することは、当然の判断である。
郵政民営化反対の候補しかいない選挙区が残ってしまったのでは、何のために解散したのか分からなくなる。造反派の前議員に対して対抗馬を擁立することは、刺客などという情緒的な言葉で形容すべきではない。
■「落下傘候補」のどこが悪い
メディアはまた、自民党が官僚や学者など著名人を、その人の地元ではない選挙区に擁立することを、「落下傘候補」を立てるなどと形容している。しかし、落下傘候補のどこが悪いのだろうか。
政党化が進む小選挙区制度では本来、候補者は出身地にかかわりなく選ぶべきである。党の政策に賛同する、能力と意欲、将来性のある人物を党が選び、党の指定する選挙区に擁立することが本来の政党選挙である。
落下傘候補でない候補、つまり在来型の「地盤」「看板」「カバン」をもった候補が、日本の政治と選挙を歪めてきたのである。政治家を「一国一城の主」などと称し、地元の大物秘書を「城代家老」などと呼ぶ近世戦国時代的な政治的土壌と精神風土こそ、排除されるべきである。
「地盤」「看板」「カバン」が、地元利益誘導型政治と政治家の実質的な世襲を生み出し、政治と政治家の新陳代謝を阻害してきた大きな要因であるからである。
落下傘候補こそ政党政治においては、本来あるべき候補の姿である。
■判断を誤る権力者とメディア
時代が大きく変わろうとするとき、権力者の多くは判断を誤るものである。彼らに既得権益をもたらした旧体制が骨の髄までしみこんでいるからである。小泉首相と何十年も付き合いながら、首相の最終判断(解散・総選挙)を読み違えた綿貫氏や亀井氏はその典型的な例である。
時代が大きく変わろうとするとき、メディアの多くもまた、判断を誤るものである。彼らもまた、旧体制が骨の髄までしみこんだ既得権益をもつ存在だからである。彼らが「自民党分裂」「刺客」「落下傘候補」といった、間違った言葉や情緒的で無責任な言葉を垂れ流す背景には、彼らの表面上の主張とは違う、旧体制と既得権益を維持したい願望があるからである。(2005年8月18日記)
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