執筆者:平岩 優【メディアケーション】

本屋で平積みされていた佐藤優著『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社刊)を手に取った。奥付をみると、発行されてからわずか10日しか経っていないのにすでに2刷である。

著者はマスコミから「鈴木宗男の意向を受けて外務省を陰で操るラスプーチン」として疑惑報道の集中砲火を浴びせられ、その後逮捕された元外務省国際情報局主任分析官といえば思い出す人も多いだろう。小渕政権下で2000年までに日ロ平和条約を締結するために発足した「ロシア情報収集・分析チーム」のリーダーを務め、「鈴木氏と行動を共にする機会が少なからずあった」という。

著者はこの2月17日、東京地裁で背任・偽計業務妨害罪により懲役2年6ヶ月執行猶予4年の判決が言いわたされ、即日控訴している。

当時のことを思い出して欲しい。「自民党をぶっ壊す」と息巻いた小泉政権が誕生して田中眞紀子氏が外務大臣に就任。2人の人気はマスコミに煽られて最高潮に達していた。一方、鈴木宗男議員は橋本・エリツィンの平和条約締結に向けた流れを引き継いだ小渕、森政権下で、対ロシア外交の先兵を務め、外務省に強い影響力をもつていた。

その外交族の鈴木宗男氏と田中外相に軋轢が生じると、当然のごとく鈴木宗男議員は悪役を割り振られる格好となる。しかし結局、外務省は田中眞紀子氏を放逐するために鈴木宗男の政治的影響力を最大限に活用し、「用済み」となった鈴木氏を整理。この過程で鈴木宗男と親しかった著者も整理された。

権力を巡る争いとしては、なるほどさもありなんという話である。しかし、重要なのは著者が指摘する、この争いの結果として生じた外務省の大きな変化である。

著者によれば、冷戦構造の崩壊後、反共イデオロギーに基づく親米路線は存在基盤を失い、外務省内部では異なった3つの潮流が形成された。第1の潮流は今後、長期間にわたってアメリカの一人勝ちの時代が続くので、これまで以上にアメリカとの同盟関係を強化しようという考え方。第2の潮流は日本がアジア国家であることをもう一度見直し、中国との安定した関係を構築し、その上でアジアにおいて安定した地位を得ようという考え方。第3は日本がアジア・太平洋地域に位置するという地政学を重視し、日・米・中・ロのパワーゲーム時代の中で、もっとも距離のある日ロ関係を接近させることで、両国および地域全体にとってプラス効果を狙うという考え方である。

そして、これらの外交潮流は田中眞紀子氏が外相をつとめた9ヶ月の間に、「田中女史の、鈴木宗男氏、東郷氏(外務省欧亜局長)、私に対する敵愾心から、まず「地政学論」が葬り去られた。それにより「ロシアスクール」が幹部から排除された。次に田中女史の失脚により、「アジア主義」が後退した。「チャイナスクール」の影響力も限定的になった。そして、「親米主義」が唯一の路線として残った」という事実に帰着する。

一方、「ロシア情報収集・分析チーム」をめぐる捜査の方は著者を含めた2名の外務官僚、斡旋収賄容疑の鈴木宗男議員、偽計業務妨害容疑で3名の三井物産社員が逮捕されたことで、唐突に終了する。いわば、トカゲのしっぽ切りである。鈴木宗男議員と「ロシア情報収集・分析チーム」のロシア工作は森前首相の官邸主導で行われていたからだ。

著者は当時の検察庁の捜査を「国策捜査」と呼んでいる。国策捜査とは何か。著者と検事のやりとりをちょっと長いが引用する(じゃっかん省略させていただきました)。

「あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜 査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象 徴的な事件を作りだして、それを断罪するのです」

「今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価、奨励されてきた価値が、ある時 点から逆転するわけか」

「評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がるんだ。…………

一昔前ならば、鈴木さんが貰った数百万円程度なんか誰も問題にしなかった。しかし、特捜の僕たちも驚くほどのスピードで、ハードルが下がって行くんだ」

「あなたたち(検索)が恣意的に適用基準を下げて事件を作り出しているのではないだ ろうか」

「僕たちは適用基準を決められない。時々の一般国民の基準で適用基準は決めなくては ならない。…………外務省の人たちと話して感じるのは、外務省の人たちの基準が 一般国民から乖離しすぎているということだ。鈴木さんとあなたの関係についても、 一般国民の感覚からは大きくズレている。それを断罪するのが僕たちの仕事だ」

「一般国民の目線で判断するならば、それは結局、ワイドショーと週刊誌の論調で事件 ができていくことになるよ」

「それが今の日本の現実なんだよ」

「それじゃ外交はできない。ましてや日本のために特殊情報を活用することなどできや しない」

「そいうことはできない国なんだよ。日本は。あなたはやりすぎたんだ。仕事のために いつのまにか線を越えていた。仕事は与えられた条件の範囲でやればいいんだよ。成 果がでなくても。…………」

現在、日本は中国、ロシア、韓国に対して、近年まれにみるほどにぎくしゃくした外交に始終している。もちろん、その要因には相手国の国内事情なども反映しているに違いない。しかし、もし本書で書かれているように、小泉政権が発足してから外務省の外交潮流が「親米主義」に一本化されたのが事実とすれば、これらの諸国との外交上の軋轢もそのことが影を投げかけているとはいえないだろうか。

冷戦構造の崩壊後、極東地域でも各国のパワーゲームが繰り広げられている。そうした中で、日本にも当然、アメリカには中国カードをきり、中国には米ロと結んだルールで臨むなど、多角的な外交戦略が求められているのではないか。かって貿易によって多額の富を蓄えたベネチアが、その後没落することになるスペインに肩入れして、どうなったか。歴史の知るところである。

日本はユーラシア大陸の果て南北に長く横たわっている。日本人は戦後、平和憲法の下で隣国と友好的関係を建設してきたと信じ、他国から内政問題に対し、あーだこーだいわれる筋合いはないと感じている。しかし、大陸側の諸国からみれば、太平洋の出入り口に長くシーレーンを延ばす日本は、やっかい存在でもある。まして、米軍の第一軍団司令部が移転する計画があるときけば、余計に警戒感がつのるだろう。

本書は田中外相と鈴木議員の闘い、著者と検察庁のやりとり、また拘置所の暮らしぶり(食事やゴミの分別収集等)などもリアルに再現され、そうした行間から外務省の変質が浮かび出てくる、興味をもった方には一読を勧める。