執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

日本で一番商売が上手な人たちは、東京高裁の裁判官たちである。彼らは、東京地裁が認定した中村修二・米国カリフォルニア大サンタバーバラ校教授が企業研究者時代に発明した青色発光ダイオード(LED)の対価604億円(支払い命令は請求額通りの200億円)を、たった1%の6億円余り(支払い額は利子分を含め8億円余り)に値切り倒してしまった。

東京高裁は判決を下したのではなく和解を迫ったのだったが、中村氏は和解後の記者会見で「怒り心頭だ」「日本の裁判は腐っている」と不満をあらわにしていた。筆者も中村氏に同情する一人である。日本の裁判所は、個人ではなく法人の利益を擁護する機関のようである。

それはさておき、日本で一番商売の下手な人たちは誰か。文部科学省の高級官僚とその天下りOBたちである。彼らは、この世の中で唯一の例外ともいえる「誰がやっても間違いなく儲かる」商売で、大失敗をしてしまった。

文科省がつくり、その外郭団体である独立行政法人「日本スポーツ振興センター」が運営する、サッカーくじ(スポーツ振興くじ、愛称・toto)が、極度の販売不振から、巨額な赤字を抱え込んだ上、本来の趣旨であるスポーツ団体や地方公共団体への補助金をほとんど出せない状態に陥ってしまった。

サッカーくじは、競馬や競輪など他の公営ギャンブルとは性格が異なる。中央競馬の場合なら、胴元であるJRAは、中山や阪神など競馬場や美浦などトレーニングセンターを管理運営し、競馬レースを主催する。当然その経費とレースの賞金を売上金から支払う。

一方、サッカーくじの胴元である同センターは、くじの対象試合に関して一切のリスクとコストを負わない。対象試合を行うJリーグ各球団とも、その統括団体であるJリーグとも、金銭面を含めて何の関係もない。言葉は悪いが、「遣らずぶったくり」「濡れ手で粟」「坊主丸儲け」の商売である。これほど利益を上げやすい商売は、他にはない。

しかし、文科省の高級官僚とその天下りOBたちは、ずさんなシステム設計と水増しさせた運営形態により、「誰がやっても間違いなく儲かる」商売で大失敗をしてしまった。当初売り上げ見込み約20000億円に対して、全国展開した2001年は604億円をようやく確保したものの、その後は年々減り、04年の売り上げはたった155億円しかなかった。

運営主体は同センターだが、実際はりそな銀行に販売委託し、さらに宣伝など専門業務は株式会社「日本スポーツ振興くじ」に孫請けさせている。しかも、くじ=ギャンブルであるにもかかわらず、射幸心をあおらないためとして、当選確率を極めて低く抑え込むなど様々な制約を設けた。払戻率は50パーセント以下である。くじの種類は「toto」「totoゴール」の2種類しかない。システムと運営形態だけが巨大なだけで、魅力ある商品は提供していない。

サッカーくじを運営する同センターは昨年12月21日、ある発表を行った。翌22日付朝日「サッカーくじ販売銀行への委託中止 06年度以降、直営方式検討」によると、同センターは06年度以降、販売をりそな銀行に委託することをやめ、直営で販売する方針で、今年2月までに新方式を固める。直営にすることで、同センターの意向を販売方式に反映させやすくするのが狙い、だという。

りそな銀行との契約は、「売り上げの多寡に関係なく、歩合のほか、固定費など163億円の委託料が毎年、支払われる」(1月10日付読売社説)というからあきれ果ててしまう。毎年の委託料だけでも04年の売り上げ155億円を上回ってしまう。これだけ見ても、サッカーくじは既に破綻していると言わざるを得ない。

りそな銀行との関係解消は当然だとしても、文科省の天下りOBが、直営でギャンブルを扱ってどう当て直すというのだろうか。日本ではまったくなじみのなかったサッカーくじの導入に当たって、過大な売り上げを見込んだ上、身の丈に合わないシステムを設計し、経費をはぎ取るためとしか考えられない水ぶくれした運営形態を採用した文科省の高級官僚とその天下りOBが、大失敗の経営責任を取ることもなく、直営方式でくじの運営に当たることなど、もってのほかのことである。

サッカーくじは、本来国が拠出すべきスポーツ振興資金が、財政難からこれ以上拠出できないとして、その代わりにくじの収益金をスポーツ団体や地方公共団体に配分するという趣旨で始まった。いわば、国からの補助金の代わりのようなものである。

文科省はサッカーくじの大失敗によって、既にスポーツ団体や地方公共団体に多大な不利益をもたらしている。彼らの失敗によって、国からの補助金の代わりに得られるべき資金の提供が受けられなくなった。

利益を出せないサッカーくじは、文科省とは無関係な機関に権利と業務をすべて移管すべきである。それができないなら一刻も早く損切りして廃止すべきである。現在のまま、あるいは同センター直営方式では利益を上げるどころか膨大な初期投資の回収もできない。さらに赤字が膨らむばかりである。そうしないと、サッカーくじの赤字は国民全体が税金という形で背負い込むしかなくなる。(2005年1月16日記)
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