執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

新聞に毎日目を通している人でも、社説をじっくり読む人は少ない。新聞記事は文体に個性がなく無味乾燥なものだが、なかでも社説ほどつまらないものはない。ありきたりのテーマで、お決まりの論旨、そして当たり障りのない結論。それが社説であると、多くの人が考えている。

しかし、プロ野球再編問題で、経営者と選手会の交渉、交渉決裂によるスト決行、スト解除へとたどる期間に限っては、各紙の社説を真面目に読んだ人は多かったのではないか。節目ごとに各紙とも球界再編問題を何度も社説で取り上げた。しかも、各紙の論調がそれぞれ違っていたからである。

その中でも出色の出来だったのが、ストが決行された2日間に掲載された、読売の2本の社説である。9月18日付社説「ファン裏切る〝億万長者〟のスト」はこう書いている。

「(選手会のストは)ファンへの裏切り行為である」「(選手会が合併の1年凍結を要求したことは)そもそも球団の経営事項に関することである。実現が難しいとみると、今度は新規球団の来季からの参入に固執した」「経営者側も、そこまでは譲れなかった。新規参入には、きちんとした審査が必要だからだ」「中立的立場にいたコミッショナーが、最終局面で出した調停案も、結果的に選手会に踏みにじられた」「今後、ストの違法性が議論されることになるだろう。経営側は、試合の中止で被る損失について、賠償請求を検討している」

「不毛なストに突入した」で始まる9月19日付社説「何が選手たちの真の望みなのか」は、とんでもない筋違いの指摘をしている。スト決行日前日の交渉で最後の争点になったのは、2005年からの新規参入球団を、経営者が認めるかどうかだった。読売の社説はこう書いている。

「だが、『2005年』の挿入にこだわる選手会の弁護士と一握りの選手によって、議論は振り出しに戻った。『勝ったのは弁護士だけ。第三者を介在させたのは間違いだった』と、パの元球団代表が分析していた」

選手会のストが弁護士と一部選手に引きずられたものだと語りたかったのだろう。しかし、この社説の指摘が間違いであったことは、その後の経過がはっきりと示している。

もう、これ以上の引用は止める。書き写しているだけでばかばかしくなる。この2本の社説を書いた論説委員の論理は、たった1週間後の読売の方向転換によって、簡単に覆ってしまった。読売は世論の支持を受けた選手会に対して、少なくとも今季は「全面降伏」した。その結果がスト解除である。読売は、この2本の社説をそのまま縮刷版に残すのだろうか。

日本を代表する新聞である読売の、エリート記者が上り詰めた後に就く論説委員が、よくもこんな「悪意」に満ちた作文を書けたものである。ナベツネ氏(渡辺恒雄・読売新聞本社グループ会長・主筆)に人事権を握られているとはいえ、彼らには読者に対する「良心」も、自ら律する「自負心」も、組織に対する「反骨心」もないのだろうか。あるいは、戦後日本社会に特有の制度である、終身雇用制度に庇護された正社員記者の限界を示すものだろうか。

日本の新聞では、社説は匿名で書かれているが、日本を代表する新聞が恥ずかしげもなく、こんな作文を社説と称して公表するのならば、読者は新聞社に対して、社説に執筆者名を明記せよと要求すべきである。

読売以上に驚くべき紙面を提供してくれたのは、毎日である。毎日については、社説ではなく2つのインタビュー記事を取り上げたい。アマ選手へ読売巨人軍が200万円を供与した問題の道義的責任を取るとして球団オーナーを既に辞任した、ナベツネ氏のインタビュー記事を「本紙単独会見」と銘打って、9月3日付1面トップで扱った。さらに1ページ・ストリップ(広告なしの紙面)でインタビュー詳報を、総合面には大型解説まで載せる破格の扱いだった。聞き手は東京本社編集局長。国賓並みの「ビッグ待遇」である。

この大型インタビュー記事の中で、ナベツネ氏が語った内容は、読売巨人軍以外のセ・リーグ5球団に対する恫喝だった。パ・リーグ内でもう1組の合併が成立して10球団になった場合、読売巨人軍のパ・リーグ移籍を検討している、という内容である。

詳報の中で「セは困るんじゃないですか」と問われたナベツネ氏は、「セは反巨人5球団連合を作ったんだから。巨人を排斥しておいて、巨人に出て行くなっていう理由はないし」と言い放っている。ナベツネ氏のあからさまな恫喝発言のために、毎日があれほどの紙面を割く理由はどこにあったのか。

毎日のもうひとつ記事は、選手会との交渉中にたった1回、「私の見解」と題する文書を出しただけで、スト決行の場合は辞任すると公言していた根来泰周コミッショナーのインタビュー記事である。聞き手はやはり東京本社編集局長である。

記事が掲載されたのは9月23日。ストは既に決行されている。毎日が1面に横4段程度の見出しで大きく扱い、スポーツ面のほぼ半ページを使ったインタビュー記事の中で、根来氏が語ったことは、コミッショナー辞任後も「顧問」として球界に残りたいということだけである。「仮に辞めても、ここの顧問か何かにしてもらって、野球協約とか有識者会議とかで、やれと言われれば、やる」。何という「小役人根性」なのだろう。

根来氏は何とも理解しがたい人物である。毎日によると、9月26日の和歌山市内での講演では、「プロ野球は無責任社会。上澄みはスポーツ精神だが、その下は利益でどろどろしている」「遠くない時期にこういう社会とはおさらばしたい」と球界を批判、辞任の意思をあらためて公言していた。しかし、その舌の根も乾かないうちに、9月29日の臨時オーナー会議では、12球団から全会一致で慰留されたとして、後任が決まるまで当分の間職にとどまると、あっさりと辞任を撤回した。

根来氏のような人物に主導される球界改革というものがどんな結果を生むか。根来氏を奉る球界とはどんな存在なのか。想像力を働かせる必要のないほど明白なことである。

球界再編問題で朝日は、一貫して選手会支持の論調を張っていた。編集委員の西村欣也氏を中心に球界を牛耳るナベツネ氏、コミッショナーとして動かない根来氏批判を展開した。それはいい。しかし、ナベツネ氏が辞任したアマ選手への現金供与問題で、西村氏は自身のコラムで、裏金の存在を裏付ける球界の内部資料があると指摘しながらも、ストレートニュースとしては扱わなかった。

西村氏も朝日も、裏金問題では腰が引けていた。裏金は提供する側に責任があるのは当然だが、提供を受ける側にも責任がある。朝日は夏の甲子園大会を主催している。裏金問題が高校野球界に波及するのを恐れたのだろうか。

朝日の9月24日付社説『スト回避ー「たかが選手」が動かした』には、黙過できない一文がある。「(新規)参入に名乗りをあげた2社のうち、規模や信用度からいえば楽天の方が上だろう」である。この社説を担当した論説委員は、楽天とライブドアの経営内容をきちんと調べた上で書いたのだろうか。事実関係に疑問があるばかりか、新規参入の審査の段取りも決まっていない段階でのこの一文は、読者に予断を与えることにもなる。(2004年10月1日記)
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