執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

どこの自治体でもそうだろうと思うが自らの置かれている経済的バックグラウンドについて灯台下暗しなのである。三重県に赴任して驚いたのはIT産業の巨大な設備投資が相次いで立ち上がっているということであった。
三重県津市に赴任したその日、亀山市でシャープの液晶工場が操業を開始し、2月に入ると日本経済新聞が富士通の多度町工場で新たな半導体ラインを年内に立ち上げるというニュースを一面トップで報じた。来年には四日市市で東芝の半導体の新工場が稼働する予定ことは既報だった。
3社の投資額は合計で5000億円を超える。200万人足らずの県としてはとんでもない規模の設備投資だ。三重県の年間予算が借金の返済も含めて8000億円であることと比較して、5000億円の投資とその投資が今後生み出すだろう付加価値を想像すれば誰でも度肝を抜くはずだ。
これは前北川知事による三重県のイメージアップと中部新国際空港の相乗効果ではないかとかってに想像している。
北川氏が知事職を去った後の北川感は決してよくない。赴任が決まってからよく言われたのは「北川さんがいたらおもしろかったのにね」ということだった。しかし、地元の人々に聞くと「自分のやったことに責任を取らずに県政を放り投げた」という反響が非常に多いのだ。
話を巨大な設備投資に戻す。赴任のあいさつ回りでは必ず県内の景気について聞くことにしているが、足元の実入りばかりを気にしていて返ってくる後ろ向きの言葉ばかりだ。筆者としては、一言、巨額の設備投資について触れないわけにはいかない。
「この規模の自治体で二年間に五千億円の設備投資などふつうは考えられない。望外の幸運と思わなければ」「なるほどそういわれればそうですね」
ほんとうに実感しているのか疑わしい。タコつぼに入ったまま全体状況が見えないのは三重県に限ったことではないかもしれない。IT関連の投資は新規雇用をあまり生まないといわれるが、支援企業をまったく必要としないはずがない。
新工場ならば建屋が必要、新ラインでも工場内の改装や配線も不可欠。電力などエネルギーも消費する。出荷段階では包装や輸送の仕事もある。
またそうした人々が近隣に住み家を求め、朝昼晩と食事をし、休日には羽を伸ばすだろう。飲食業やスーパーの売り上げは増え、歓楽街や行楽地も潤う。そうならないはずがない。
長く経済記者をやっていて経営者から景気のいい話などは聞いたことはない。いつも「円高になったら」「市況が下落したら」「アメリカ景気が」。そんな話ばかりだった。そんなわけできっと設備投資の絶好のチャンスを逃してきたに違いない。
過去の半導体と液晶の投資に関して言えば、台湾の企業家や韓国の経営者たちの方が景気の波をきっちり読んでいた。日本がIT分野でこの二国の後塵を配するようになったのは、経営者た自らの景気感を持たず、マスコミが垂れ流す無責任な常とう句に慣れ親しみすぎたせいではないかと思っている。
津市には大門という中心街がある。ショッピングアーケードは他の都市と同じくシャッター通りとなっている。理由を聞くと「バブルが崩壊して後・・・」と版を押したような説明がある。この町に生まれ育った同年配の友人に聞いたら「大門なんておれが学生時代からさびれていた」とのことだ。
マスコミが繰り返し語り掛ける言葉は恐ろしい。人々の脳裏にいつのまにか、ワンパターンの「時代の常とう句」を刷り込んでいるのだ。
萬晩報は1年4カ月前の2002年12月18日に「過小評価すべきでない企業のV字回復」というコラムを書いた。その時点で、企業業績回復に伴う株価上昇。そして景気回復、さらには税収増も確信していた。あまりにも自明の理だった。だが、マスコミはその後も経済の負の側面をあまりも強調し過ぎてきた。
きのう、きょうの経済指標を読んで解説するのは素人にでもできる。そんなアナリストたちは市場を去るべきである。
来年の春には中部新国際空港が知多半島沖に開港する。津市は海上を40分でつなぐ高速船を運航する予定だ。愛知県に隣接した北部はともかく四日市市や鈴鹿市の人々は津市経由で海外や国内便を利用するはずだ。
この海上ルートが実現すると名古屋に向かっていた三重県内の人の流れが確実に変わるのだと思う。そうなると、新空港で一番メリットを受けるのは三重県人となる。
2002年12月18日 過小評価すべきでない企業のV字回復