執筆者:仲津 英治【台湾高速鐡路公司勤務「地球に謙虚に」運動主宰】

「地球に謙虚に」運動主宰者
私が平成15年(2003)8月以来勤務している台湾高速鐡路公司は、平成17年(2005)秋の開業を目指し、高速鉄道を工事中です。台湾高速鐡路は首都台北市と商業港湾都市高雄市間約345キロを、現在の台湾国鉄が約4時間30分―50分かかっているところを最高時速300キロで、1時間30分から2時間で結ぶ予定です。
その台湾高速鐡路公司(略称台湾高鉄、以下同じ)は、自然環境にも大変配慮している高速鉄道を建設・運営する会社でもあります。具体的な事例を紹介します。
1.水鳥 レンカク(英語名Jacana、中国名水雉)の保護
レンカクは、東南アジアに棲む絶滅が危惧されている水鳥です。台湾の日本時代(1895-1945)に既に天然記念物に指定されていました。日本では迷鳥と言ってめったにお目にかかれない野鳥の一種です。私も台湾に来て水辺の妖精と題されたビデオで初めて見ました。しかし実物はまだです。後頸部には黄金色に輝く羽があり、また雉のような美しい尾羽を持ち、全長52センチもあります。
レンカクは、淡水池とその表面を覆う水生植物を必要とし、その生息環境は台湾南部の多くの溜池を活用する農業と一致していました。その水生植物は、菱角を主体とする水面を被う葉っぱの大きな水草で、彼らはその広い葉っぱの上を縦横に歩き回るのです。従って台湾では菱角鳥とも呼ばれています。その菱角の実を採取する農業が衰退し、彼らの生息環境が急変し、レンカクも激減、1996年には50羽を切ってしまっていたのです。
そこに1994年、高速鉄道計画が持ち上がりました。レンカクが生息している一帯は台北起点281-283キロ付近の池と湿地帯でした。地名は台南県官田郷の番子田というところで、かなり大きな淡水池があります。その淡水池の真ん中をまさに高速鉄道が通るルート案となっていました。
このまま高速鉄道が工事されれば、レンカクの絶滅が危惧されました。立ち上がったのは高雄市野鳥学会、台南市野鳥学会、嘉義市野鳥学会、屏東県野鳥学会などの野鳥保護団体です。彼らの運動は地方行政の台南政府を動かし、十八にも上る台湾全土の野鳥団体の団結につながりました。中央では中華民国野鳥学会が窓口となって、台湾政府交通部高速鉄路工程局、台湾高鉄とも交渉がもたれました。
高速鉄路工程局と台湾高鉄の姿勢は柔軟でした。1999年積極的にレンカクの生息地を確保することにしたのです。具体的には現行生息池から数キロ離れたところに15平方キロの用地を確保し、そこに人工池を作ることにしました。用地は台湾精糖という会社の所有地で、高速鉄路工程局と台湾高鉄が年間賃借料220万元(約770万円)を折半して負担することになりました。
2000年に台南県など行政府が人工池の掘削工事行い、高雄野鳥学会、台南野鳥学会などの人々がボランテイアとなって菱角の移植も行われたようです。さらにレンカクを主な餌である水生昆虫を繁殖させ、誘導したのです。
幾多の課題を乗り越えた結果、効果は絶大でした、1998年一時27羽を数えるのみであったレンカクは、2001年秋には164羽に回復したのです。その後も順調に数を維持しているようで、安定ライン100羽を常に超えるようになりました。
レンカクが絶滅の危機を脱した台南県官田郷地区を訪れている陳 水扁台湾政府総統の写真があります。開発一辺倒の時代から自然保護も重視する時代に変化したことを象徴する写真です。
2.老大木の保存と路線変更
台湾高鉄の自然重視の姿勢を示すもう一つの例を挙げましょう。 場所は台北起点77キロ付近にある老大木「老樟樹」のために高速鉄路の工事計画を変更した事例です。地名は新竹金山里というところです。
樹齢300年以上の老樟樹(クスノキの一種)は、地元では信仰対象となっている神木で現地では伯公樹とも呼ばれています。神木であることを示す赤い布が老樟樹に巻かれています。そフ老樟樹もまさに高速鉄路の予定ルート上にありました。
1999年地元では老樟樹保存委員会が結成され、地元側はルート変更を求め、台湾高鉄側では、老木の移植も含め検討がなされたようです。しかし老木は通常移植には耐えられないといいます。地元の人々は新竹市政府を通じて、路線変更を台湾高鉄と高速鉄路工程局に働きかけました。
ここでも台湾高鉄は柔軟でした。高架橋の工事により、老樟樹の根を傷めさえしなければ、老大木の命は長らえると樹医から診断され、台湾高鉄は、2001年11月鉄道ルートを変更せずに橋脚位置を20メートル北側にずらせる案を発表しました。
この橋脚位置の変更は、橋脚の設置に伴い、周辺掘削範囲にある老大木の根の損傷を避けうる案でした。しかも台湾高鉄としてもルート変更による多大な経費増を避けることができたのです。この伯公樹のように老大木を保護するための工事設計変更例は他にもあります。
これらの設計・工事変更のために受注側である大豊建設・九泰営造・国開営造の企業連合(代表、日本の大豊建設)も大変協力的でした。
しかし工事中の写真を見ていただいても判るとおり、高速鉄道の営業開始後は、老樟樹の枝が伸びて線路を支障する可能性もあります。適宜剪定するために地元の協力が必要です。
ドイツでもハノーヴァーーベルリン間の高速新線では、猛禽類の繁殖する森林を通過するルートを避けるため、結局新線建設を断念し、当該区間は在来線を活用する方式で対応した事例があります。イギリスでも高速鉄道構想があり、私が知り得たところではロンドン郊外の森林保護のため、その森の下にトンネルを掘る計画を立てていました。
台湾の他の事例として、春秋に渡りをするサシバという鷹のために台湾高鉄が保護資金を提供している例もあります。
台湾高速鐡路公司の殷琦会長(女性)は、「私どもは硬い鉄道路線を作っていますが、ソフト路線で参りたい」と発言しています。
最後に台湾高鉄安全部のIsaac 鄭氏、台北市野鳥学会の蕭學璋(Benjamin)の両氏から下記の資料の提供・案内の他、写真の提供を受けたことにより、以上の内容を纏めるができたことをお伝えしておきます。(「地球に謙虚に」から転載)
・水雉複育年刊 2002.3 水雉複育委員会出版 ・水雉 台湾的菱角鳥 林 顕堂著 玉山社 ・台湾高速鐡路公司 ホームページ ・台湾政府交通部高速鉄路工程局ホームページ ・台湾環境新聞特刊-2001年台湾十大環境新聞回顧 ・中国時報 2002.01.09記事「水雉複育相関報道」 ・新台湾新聞週刊(2001.08.30) ・搶救水雉委員会 工作報告1998