執筆者:中野 有【ジョージワシントン大学客員研究員】

先日、ひょんなことからホワイトハウスに招待される有名なマジシャンに会い、ワインを飲みながらじっくり話をする機会に恵まれた。真実を知るこつをマジシャンの視点で教えてもらった。真実は、多くの人が無視するところにあるとのことである。例えば、東京の地下鉄の改札の外で1人の老人が、社会問題を画用紙に書き訴えているが、ほとんどすべての人がそれを無視し通り過ぎていく。この大衆が無視する状況を見て、ここに真実があると説明してくれた。北朝鮮問題にも多くの真実が無視されているように感じてならない。
北朝鮮問題を語るのは難しい。北東アジアの経済協力に重点をおいた発言をすると、強硬派からクレームがつき、拉致や核兵器の脅しを行う北朝鮮には経済制裁を課すべきだとと述べると、北朝鮮の孤立を恐れるグループから抗議が届く。
明確なビジョンを示すためには、対話(経済協力)と圧力(経済制裁)の両方が必要であり、決してその一方では問題解決の突破口は生み出されないと考えられる。たとえ日本の空気が保守的であっても6者会合に見られるように北東アジアにおける多国間協力による外交が活発化してきていることを鑑みれば、日本の北東アジアにおける構想、ひいては大局的なアジア観について考察する必要があろう。
国連機関、ブルッキングス研究所等の日米のシンクタンクや大学の研究機関を通じ多角的に北東アジアを眺望することにより、日本のマスコミで話題になる北朝鮮問題とは異なる北朝鮮の姿を観察することができるように思われてならない。たまたま多角的な経験を積んできたのだが、それぞれの考察する角度の違いによって真実という光と、偽りという影が交差するように感じられる。
その1例を挙げると、10年近く前に北朝鮮は大変な飢餓に見舞われているとのニュースが蔓延しているときに、北朝鮮に入り北朝鮮はマスコミが伝えるほど飢餓に苦しんでないとの確信した。北朝鮮は、アフリカのように雨が降らなくて飢餓に直面している状況でなく、太陽、雨、労働力、土地があれば、農作物の生産は可能だとのことを、アフリカ勤務の経験から、アフリカとの比較で北朝鮮の飢餓の状況を察することができたのである。
また、4年近く前に南北首脳会談が実現されるまで、金正日総書記は、言葉も発することができない外交音痴だという偏った考えがマスコミを賑わせていた。振り返ると、これらの情報は明らかに間違いであり、実際には、金総書記は、言葉巧みに瀬戸際外交を実践していることが真実である。これらの情報の欠陥は、韓国情報に頼りすぎていたところにあり、多角的視点で北朝鮮情報に触れた場合、北朝鮮問題を偏見を持って傍観することはなかったように思われる。
現在、ワシントンの対北朝鮮の厳しい空気に接していると、北朝鮮の核の脅しに屈することはアメリカ外交の汚点を残すことになり、国際テロ組織と大量破壊兵器の関係から北朝鮮問題の根はかなり深いと感じる。従って、アメリカは北朝鮮が要求する米朝不可侵条約を北朝鮮が核開発から完全に足を洗うまで調印するとは考えられない。
このままでは米朝が平行線をたどることは明らかである。朝鮮半島が分断されるという不自然なステータスクオの状態から抜け出すことができない。危険な北朝鮮の存在があるから、日本は日米共同によるミサイル防衛のための予算を1千億円を計上し、将来的にその何倍もの防衛予算が必要となろう。危険な因子を強調するほど利益を上げる集団があることは確かである。
「アジアは一つ」、百年前に岡倉天心は「東洋の理想」の冒頭で述べている。北東アジアにおいて中国、韓国、ロシアは、北朝鮮を国際社会に導くために包容力を持って接している。米国は、北朝鮮の核兵器の脅しに屈することはない。日本は拉致問題がネックとなっている。北東アジアが一つになるためには、北朝鮮の核問題と拉致問題を解決すればいいのである。北朝鮮と国際社会の共通の利益の合致点は、安定と繁栄である。それを実現させることにより、東アジア経済圏が実現される。平和を勝ち取りためには、紆余曲折もあろうが、北朝鮮の妥協を引き出すためには、短期的な経済制裁も、大規模な経済協力も必要である。要は、軍事という見せかけの安全保障でなく経済協力を主眼とした協調的な安全保障のシステムを、対話と圧力を駆使しながら日本のグランドビジョンで描くことが重要である。
ワシントンの北東アジアの専門家の意見のみならず世界を飛び回っている北朝鮮関連のニュースに接し、不思議なくらい、これといった構想がないように思われる。その一部理由として、まだまだ朝鮮半島やアジアの分断により利益を被る層が多いことにあろう。真実はマスコミが無視するところに存在するという、マジシャンの指摘が北朝鮮問題にも当てはまるように思われてならない。
中野さんにメールはE-mail:tnakano@gwu.edu