執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】

■闇に潜むもう一つのWMD

「捕らわれ人には、出でよ」

「闇に住む者には身を現せ、と命じる」

上の言葉は、ブッシュ大統領が、5月1日に空母エイブラハム・リンカーン艦上で行った「イラク戦争の戦闘終結演説」の末尾に引用されたイザヤ書49章9節である。圧制下のイラクに苦しむ人々を「解放」した軍事作戦の成果を強調した発言ではあるが、本来「捕らわれ人」とは、紀元前6世紀にバビロンに捕囚されたユダヤ人(ユダの民)を指す。イスラム側から見れば、フセイン政権の脅威にさらされていたイスラエルへの支援とも受け止められかねない表現として、話題になった。

戦闘終結宣言から1ヶ月以上が経過した今、「闇に住む者」をめぐって、史上最大級の疑惑が、姿を現し始めた。それは、「大量ペテン兵器」の存在である。

■大量破壊兵器から大量ペテン兵器へ

今アメリカのリベラル系メディアでは、大量破壊兵器(WMD=WeaponsofMass

Destruction)に変わって、大量ペテン兵器(WMD=WeaponsofMassDeception)なる言葉が急上昇中である。イラク戦争の大義名分だった大量破壊兵器が発見されず、大量破壊兵器の存在そのものが、でっちあげだったとする見方が、米英議会で取り上げられているのである。

きっかけとなったのは、5月中旬のストロー英外相の「大量破壊兵器の発見は、決定的に重要だとは言えない」発言である。以後参戦理由をめぐる論戦が始まることとなる。

英国では戦争の是非をめぐる激しい議論の末、最終的に国連安保理決議を得られないまま、イラクの大量破壊兵器の脅威を根拠として参戦を決める。

英政府は昨年9月、第1次証拠文書として情報機関が集めた機密データを含む50ページの報告書を発表した。イラクは湾岸戦争後も生物・化学兵器の製造を続け、45分以内に実戦使用できる態勢と指摘した。

また核兵器について、査察が中断した98年以降、イラクはウラン濃縮用のガス遠心分離器の機材を購入しようとしたり、ニジェールからかなりの量の天然ウランを買おうとしたりしたと指摘し、危険性を強調した。

そしてさらに今年2月、第2次証拠文書としてイラクが組織的に査察を欺いているという報告書を公表した。証拠が発見されないのは、査察が機能しないためで、大量破壊兵器の武装解除には武力行使しかないと主張する。

しかし、第1次証拠文書で指摘したウラン入手疑惑は、その後、国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長が、米英側から裏付けとして渡された公文書を偽造と発表するなど、根拠が立証されていない。

また、第2次証拠文書において、無断で引用された研究者である米国在住のイブラヒム・アル・マラシ氏は、論文では「イラクの情報当局は敵対国の反体制派を支援している」としていた個所が、証拠文書では「敵対国のテロ・グループを支援している」に改ざんされ、「イラクがテロ組織アルカイダなどを支援する基盤を持っているかのような印象を与えた」と、英政府を批判している。

■CIAとDIAの告発

ブッシュ米政権がイラクの大量破壊兵器の脅威を理由に、イラク攻撃の準備を推進していた昨年9月、米国防総省の情報機関である国防情報局(DIA)の機密報告書が「イラクの化学兵器保有・製造を示す信頼できる情報はない」などと指摘していたことをCNNやロイター通信などが6月5日に一斉に報じる。

DIAのジャコビー局長は、全体の情報を基に「(大量破壊兵器製造)計画の存在は疑っていなかった」と述べたものの、共和党のワーナー上院議員らとの会見では、「02年9月の時点で、イラクの大量破壊兵器製造計画の一部分として操業されている個別の施設を特定することができなかった。計画を進めている人物、施設の場所や生産物も特定できなかった」などと語っている。

また、米中央情報局(CIA)のテネット長官は5月30日、高まる批判に対して「われわれの仕事は一貫して誠実に行われた」とする異例の声明を発表する。一方で、米上院の軍事委員会と情報特別委員会が、CIAなどの情報が正しかったのかどうかの調査を開始することを明らかにし、両委員会は合同公聴会開催も検討していると発表した。

焦点となるのは、CIAがまとめた昨年10月の機密情報文書で、イラクが生物・化学兵器を保有し、核開発計画の再開を目指していると結論付けた内容となっている。この機密文書は、各情報機関の分析官らが特定の問題について見解を述べ、合意できる評価を示す報告書で、大統領ら政策決定者にとって特に重要とされる。

■逃れる者と狙われる者

▼逃れる者・・・・

英ガーディアン、米ニューズウィーク、米タイム、米USニューズ・アンド・ワールド・リポートが、相次いで報道したのは、パウエル米国務長官とストロー英外相の両国情報機関の収集した機密情報への疑念に関わる記事である。

二人は、パウエル国務長官がイラクの大量破壊兵器保有の証拠として機密情報を開示した2月5日の国連安保理会合の直前、ニューヨーク市内のホテルで会談し、ストロー外相は席上、イラクの大量破壊兵器保有を裏付ける確証が欠けていると懸念を表明、パウエル長官もこれに同調したとなっている。

この会談で、ストロー外相は、機密情報の多くは明確な事実や複数の情報源の話に基づかない推測や評価に基づいており、米英両首脳が主張している大量破壊兵器の存在は証明できないと述べた。

これに対し、パウエル長官も懸念を表明し、特にウォルフォウィッツ国防副長官の関係者からの情報に疑念を呈したという。また、この時の会談内容を記録した文書が存在するようだ。

▼狙われる者・・・・

米ワシントン・ポスト紙は6月5日、イラク開戦論の急先鋒だったチェイニー副大統領が昨年、CIAを頻繁に訪れ、イラク問題担当官に、イラクが大量破壊兵器を隠し持っているとするブッシュ政権の主張に分析結果を合致させるよう無言の圧力をかけていたと伝えた。複数の情報当局高官の話として伝えたもので、チェイニー副大統領以外にも、ルイス・”スクーター”・リビー副大統領首席補佐官、ポール・”ヴェロキラプトル”・ウルフォウィッツ国防副長官、ファイス国防次官、テネットCIA長官からも、同様の圧力を感じていた分析官もいるという。

ここで気になるのは、ネオコンの代表格ウルフォウィッツ国防副長官である。雑誌「バニティ・フェア」7月号で、米国はイラク戦争に際し国際的支持を集めるための官僚的な口実として「大量破壊兵器の脅威」を意図的に強調したと語っている。

つまり、イラク戦を煽ったネオコンのリーダー本人が、でっち上げだったと認めてしまったのである。国防副長官自身は、単なる言葉尻をとらえた引用と反論しているが、果たして、口を滑らせたのか、それとも言わざるをえない状況に追い込まれているのだろうか。

さて、ここで面白い事実に触れておこう。悪役として狙われているウルフォウィッツ国防副長官、リビー副大統領首席補佐官、そして、これから注目の的となるはずのラムズフェルド国防長官の3人に共通するCIAとの繋がりがある。

70年代後半、CIAがソ連の核戦力を過小評価しているとの疑問が高まり、当時CIA長官だったブッシュ・パパが、民間の専門家を集めて作った再評価グループ「チームB」を発足させる。そしてこの3人は、この「チームB」のメンバーであった。

チームBには、ハーバード大のリチャード・パイプ教授や安保政策の実力者ポール・H・ニッツェも名を連ね、ソ連の戦力推定を大幅に上方修正し、誇大なソ連脅威論をでっち上げ、それに連動した「当面の危機に関する委員会」という組織が全米に宣伝戦を展開し、80年代のレーガン政権の第二次冷戦・大軍拡へ進む仕掛けをつくったという歴史がある。

つまり、この3人はでっち上げのベテランとして、恐れられてきた要注意人物なのだ。

■復活するロックフェラー・リパブリカン『ワシントンが国際社会に目を向けるのかどうか、私自身は悲観的ですが、いずれにせよ、ユニラテラリズム(単独行動主義)がとるべき道でないことは明らかです。若い世代の政治家や学者たちは、世界に対するアメリカの責任を自覚していますから、長期的には変わっていくかもしれません。

アメリカの政策が変わるとすれば、皮肉なことに共和党左派が動く時しかない。「ロックフェラー・リパブリカン」と呼ばれる伝統を受け継ぐ人々です。民主党左派がいくら国際協調を提唱したところで、「愛国心の欠如だ」と一蹴されて終わりですからね。

では、共和党左派は、国際協調へと動き出すのか?

何もなければさらに10年くらいかかるかもしれません。しかし、もしも再び国際的な危機に見舞われることがあれば、アメリカの外交政策が転換する可能性は十分にあるでしょう。危機とは必ずしもテロだけでなく、国際金融危機かもしれない。・・・』(フォーサイト2002年9月号、P15より)上は、「大国の興亡」で知られるポール・ケネディ米エール大学歴史学教授の言葉である。911後に発表された数ある論評の中で、強く印象に残ったものだ。

この文中に出てくる「ロックフェラー・リパブリカン」と呼ばれる伝統を受け継ぐ、数少ない人物こそが、パウエル国務長官である。

また、2004年の大統領選を睨んで、この疑惑を追求する連邦議会での民主党の急先鋒は上院情報委員会に所属するジェイ・ロックフェラー上院議員である。国連に提出された「イラクがニジェールからウランを購入しようとしたことを示すニジェール政府公式文書」が偽造と判明した問題を、開戦前から議会で取り上げていた。

ロックフェラー家に関わる二人の人物が、動き始めた。ポール・ケネディ教授が予測した国際金融危機が迫っているのである。それは、デリバティブと呼ばれるバベルの塔の崩壊であろう。『エンデは資本主義制度がダーウィニズムからくる弱肉強食を経済生活に適用させ正当化させている点を指摘し、精神性や文化といったものがないがしろにされている状況を嘆いていた。そして現在の金融システムをバベルの塔と呼び、いつか崩れる瞬間が来ると警鐘を鳴らしている。そしてなぜか危機的な状況を回避するための新たな精神性が日本で生まれる可能性を示唆した。』

(拙稿「ミヒャエル・エンデが日本に問いかけるもの」より)残念ながら、この時期に訳もわからずイラク新法の旗を振りかざす、戦後生まれの得体の知れない新種の日本人には、滅び行く恐竜のお叫びは聞こえても、エンデの言葉は届かないようだ。

新種の戦後転向族は、最近では「日本版ネオコン」と呼ばれることもあるが、その言動から、本家ネオコンに対して失礼であろう。

単にママに甘える「マザコン」こそが、彼らにはふさわしい。

□引用・参考

共同通信・時事通信・ロイター・日経新聞・讀賣新聞・産経新聞・朝日新聞・毎日新聞他

TheBushAdministration’sWeaponsofMassDeception

http://www.independent.org/tii/news/030605Eland.html

ROSEN:WeaponsofMassDeception

http://www.alternet.org/story.html?StoryID=16104

SomeIraqAnalystsFeltPressureFromCheneyVisits

http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A15019-2003Jun4?language=printer

Straw,PowellhadseriousdoubtsovertheirIraqiweaponsclaims

http://politics.guardian.co.uk/iraq/story/0,12956,967549,00.html

WhereareIraq’sWMDs?

http://www.msnbc.com/news/919753.asp

WeaponsOfMassDisappearance

http://www.time.com/time/magazine/printout/0,8816,455828,00.html

Truthandconsequences

http://www.usnews.com/usnews/issue/030609/usnews/9intell.htm

Sen.RockefellerRipsLackofIraqiWeaponsFinds

http://www.guardian.co.uk/uslatest/story/0,1282,-2732145,00.html

ミヒャエル・エンデが日本に問いかけるもの

http://www.yorozubp.com/0007/000726.htm

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