執筆者:大西 広【コロンビア大学東アジア研究所】

この原稿を書いている現在は5月10日の「母の日」である。「父の日」には何もしない子供たちもこの日ばかりは皆が何かをしたいと考える。が、そんな母の日の由来が残念ながら日本にはあまり正確に伝えられていない。実は、これはアメリカ史上最大の戦禍であった南北戦争時に夫や父親を失った両軍の遺族のケアに尽力したジュリア・ワード・ホーウ女史が1972年に「平和のための母の日」を呼びかけたのが最初である。

確かによく紹介されているとおり、アンナ・ジャービス女史が母の命日に教会で白いカーネーションを捧げた儀式を始め、それが数年後にウィルソン大統領によって正式に認定されたことによって「母の日」は始まる。が、このアンナの母(同じ名前のアンナ・ジャービス)は上に述べたホーウ女史に共感し、南北戦争の両軍を分け隔てせずその衛生状態の改善に尽力した女性である。そして、この母の遺志を継ごうと娘のアンナがカーネーションの儀式を始めたのである。

このことは私も実は今回初めて教えられた。それはこうした母たちと同じ気持ちをもって出征した息子とイラクの民衆、兵士のことを気遣うひとりの日本人の母親にここニューヨークで知り合い、その方に教えられたからである。この息子さんは海兵隊所属である。グリーンカード(定住権)は持ってはいるが、市民権は持たない日本国籍の日本人が1人、この戦争に参加していた。私にはこの事実が余りにも衝撃的で、そのために兵士とは何か、その中のマイノリティーとは何かをずっと考えさせられて来た。前回このコラムで紹介したインディアンの女性兵士の戦死もそのことと関わっている。

ところで、この息子さんは気立てのやさしい、繊細な神経をお持ちの方のようである。が、この繊細さはアメリカ社会で生きていくには大変な精神的な負担になっているとお聞きした。「愛国心」が何よりも重視されるアメリカ社会においてマイノリティーが気がねなく生きて行くためには何らかの態度を示さなければならず、その最も端的な表現方法として目の前にさし出される選択肢が「入隊」である。そして、その中でも最も危険で最もハードな仕事を受け持つ海兵隊が最高の選択肢として提示される。

実際、財政危機下でかつドイツ、サウジなどの支援のない戦争のために兵士の待遇は非常に悪く、その状況下での兵士の調達のためにアメリカ政府は今回グリーンカード保持者の市民権取得を兵士とその家族に対して緩和している。通常は3年以上の米国在住が必要とされるものが、兵士とその家族についてはその条件を要しないように改定したのである。知人の息子さんの入隊理由のひとつにもこのことがあった。が、そのためには1カ月150ドルしかない特別手当で毎日16時間の重労働をさせられているという。確かにこんな待遇で兵士を戦場に送り込むには市民権取得という「アメ」が必要となろう。

とはいっても実は本当のところ、市民権の取得はそう簡単ではないようである。死亡した兵士には市民権が与えられ、よってアーリントン墓地に葬られるのであるが、そうでない兵士にはすぐそのまま市民権が与えられるわけではない。移民法がテロ後かなり厳格化されているためである。現在グリーン・カード保持者の兵士は全体で3万7000人おり、比率にして3%を占めているが、上記の誘導措置により新規入隊者に占めるその比率は4-5%に上昇しているといわれる。このうちの何%が今後実際に市民権取得に辿りつけるのであろうか。

が、それ以上に彼らの心をやりきれなくさせているのは5月6日付けの「ロサンゼルス・タイムス」の記事かも知れない。そこではこうした非米市民の兵士へのあからさまな危険視が表明されているからである。

http://www.latimes.com/news/printedition/california/la-oe-krikorian6may06.story

たとえばこの記事には次のようなことが書かれている。つまり、彼らが本当に米国憲法に忠誠を誓うつもりかどうか市民になる前に分からない、上記のような移民への傾斜は「本当の市民」の入隊の魅力を少なくする、そして最後に過去にアイルランド移民の部隊がメキシコ戦争で裏切ったと言うのである。これには3月末のクウェートで市民権を持った1人のイスラム教徒の兵士が手榴弾で同僚の兵士を殺害したことも傍証として挙げられている。アメリカはこうして自軍兵士さえ信じられないという状況の下で戦争をしている。そして、その結果彼らグリーンカードの兵士たちは上官から信用さえされないまま、戦地での戦闘を命令されているのである。

この母親によるとその息子さんも含め、今回の戦争に疑問を持ちながらも戦地に送られている兵士は多いという。大義のある戦争は辞さないが、この戦争にはその大義を感じられないからだという。が、ロサンゼルス・タイムス紙はこうした問題に触れることなく、危険な兵士が内部にいるとのみ主張する。そのような目で見られながらも市民権取得のために戦地に送られる、そうした兵士のことを気遣う母親の気持ちは計り知れない。この兵士もまた母親の誕生日は忘れても「母の日」には毎年必ず何かをプレゼントする、そうした普通の息子さんである。

大西さんへメールはE-mail:ohnishi@f6.dion.ne.jpMay6,2003LAtimes

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