油屋さんの危険なセールス・トーク
執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】
■ブッシュ・ドクトリン
・自由と全体主義の戦いは「自由」の側の勝利に終わり、今日の敵はテロリストの暗黒のネットワークだ。この敵は大量破壊兵器を獲得しようとしている。
・世界の力のバランスで自由諸国が優位に立つことが、米国の目標だ。
・我々は、テロリストとテロを支援する者とを区別しない。米国は国際社会と協調するが、必要なら単独行動も辞さない。
・冷戦時代は抑止戦略を強調したが、ソ連崩壊で環境は激変した。テロリストは国家を持たず、伝統的な抑止は機能しない。必要ならば先制行動も辞さない。
・これまでの開発援助は最貧国の経済成長を促進せず、失敗した。今後、本当の内政改革を行った国に対して援助を大幅に増やす。
・日本には、地域や世界規模の問題で指導的役割を期待する。中国が強く平和的で豊かであることを歓迎するが、依然、一党独裁を維持している。
・現在の米国の国防組織は、冷戦時代に構築されており、すべて改革が必要だ。米国の力を凌駕しようとする潜在的な敵国を思いとどまらせるため、我々は十分な軍事力を保持するであろう。
(読売新聞「米国家安全保障戦略」要旨より)
9月20日、ホワイトハウスは、ブッシュ政権の対外政策文書「米国の国家安全保障戦略」を公表した。新戦略は、共産圏を目標とした冷戦時代の「封じ込め」や「抑止」戦略から転換し、テロ撲滅と大量破壊兵器の脅威には、単独での先制攻撃もためらわないとしている。
ブッシュ政権の特徴であるユニラテラリズム(アメリカ単独主導主義)の集大成とも言える内容となっている。
■イラクと中間選挙
現在のブッシュ政権にとって、頭を抱える問題は、解決策が見いだせない経済問題である。これを11月5日投票の中間選挙の争点にしても勝ち目はない。従って、実際に封じ込めたい対象は、自国の経済問題であり、9月11日から中間選挙まで、対イラク戦を最大限に煽りつつ国論を分断する戦略をとっている。
ネオコンの論客は、全米のメディアに日替わりで登場し吠え続けている。彼らを放し飼いにすることで、彼らと同盟を組む宗教右派やユダヤ票の一部を取り込むこともできる。
そして、着々とイラクとの全面戦争への準備を進めつつ、中間選挙に勝利すれば、ブッシュ大統領本人よりも人気の高いパウエル国務長官を持ち上げ、強硬路線を修正し、平和への実現を目指す選択も可能となる。パパが成し遂げられなかった二期目に向けた布石となる。
しかし、最近のピュー・リサーチ・センターの世論調査では、64%がイラク攻撃を支持しているものの、同盟国の支持が無い単独での行動に対しては、33%に急落している。またニューズ・ウィーク誌の9月末の調査では、投票の際に最も重視するのは経済政策が41%で、対イラク攻撃問題の34%を上回っている。
また11月の中間選挙を前にした政党支持率では、民主党支持(47%)が共和党支持(40%)を上回り、大統領の対イラク強硬姿勢は共和党側に必ずしも寄与していないことが明らかになる。少しずつブッシュの描いたシナリオに狂いが生じてきたようだ。
そして、イラク攻撃は避けられない情勢となる。そのやり方をめぐって最後の意見調整が行われている。開戦時期は、意見調整が終わる11月末頃が目安であろう。
■ブッシュ政権の配置 ユニラテラリズムとマルチラテラリズム
これまでも再三取り上げてきたが、ここで対イラク戦をめぐるブッシュ政権内部の配置を整理してみたい。ユニラテラリズム(アメリカ単独主導主義)とマルチラテラリズム(多国間協調主義)の対立とも言える。
▼ユニラテラリズム(理想主義派)
新保守主義者(ネオコン)=新帝国主義者 米単独でのイラク攻撃を主張
・ポール・”ヴェロキラプトル”・ウルフォウィッツ国防副長官(PNAC)
・リチャード・”プリンス・オブ・ダークネス”・パール国防政策委員会委員長(PNAC)
・ルイス・”スクーター”・リビー副大統領補佐官(PNAC)
・ジェームズ・ウールジー元CIA長官(PNAC)
▼ユニラテラリズム(現実主義派)
攻撃的な現実主義者(本流) 米単独でのイラク攻撃やむなし
・リチャード・チェイニー副大統領(PNAC)
・ドナルド・ラムズフェルド国防長官(PNAC)
・ジョン・ボルトン国務次官(PNAC)
・コンドリーザ・ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官
・ヘンリー・キッシンジャー元国務長官
▼アメリカン・マルチラテラリズム(現実主義派)
防御的な現実主義者(本流) 国連安保理新決議によるイラク攻撃
・コリン・パウエル国務長官
・リチャード・”ショー・ザ・フラッグ”・アーミテージ国務副長官(PNAC)
・ブレント・スコウクロフト元国家安全保障問題担当大統領補佐官
・ジェームス・ベーカー元国務長官
・ズビグニュー・ブレジンスキー元元国家安全保障問題担当大統領補佐官
・ブッシュ・パパ元大統領
(注)PNAC=ProjectfortheNewAmericanCentury のメンバーを指す。
(ネオコン系シンクタンク「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」)
せっせとお手紙を書く習性を併せ持つ「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」は、1997年にネオコンの論客ウィリアム・クリストルとロバート・ケーガンが設立した。設立趣意書には「レーガン時代の強力な軍事力と道徳的外交を堅持し、自由、民主主義などの原則を世界に拡大する」とうたっている。
彼らの理想主義とコンドリーザ・ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官の現実主義が、ブッシュ・ドクトリンに大きく反映されている。
■プードルの手綱(リード)
現時点で、「ブッシュの忠実なプードル」との批判を浴びる中、ブレア首相率いるイギリスが、アメリカから離れようとしない。これは、米単独での攻撃派を牽制する狙いがある。従って、EU内部での合意に基づく役割を演じていることになる。
このイギリスのコバンザメ戦略のため、ネオコンが主張してきたアメリカ単独による攻撃の可能性はほとんど残されていない。仮に米中間選挙における共和党の苦境が決定的になったとき、強引に単独での攻撃を仕掛ける可能性も否定できないが、このときも必死でついていくはずだ。
プードルのリードを持っているのは、ブッシュ政権ではなくプードルが握り締めている点も認識しておく必要がある。従って、ネオコンにとって、あまり可愛くない存在のようだ。
また、ブレア首相は、基本的には国連重視の考え方の持ち主である。うまくリードを操りながら、米・英・イスラエル・豪による攻撃を阻止し、国連安保理新決議へと持ち込んでいく。ただし、ここで米英間の大きな亀裂が生じることになる。これには、別の見方で記すとより明確になる。
▼ユニラテラリズム(理想主義派)
新保守主義者(ネオコン)=新帝国主義者 米単独でのイラク攻撃を主張
イラクの石油の独占及び米主導による配分
▼ユニラテラリズム(現実主義派)
攻撃的な現実主義者(本流) 米単独でのイラク攻撃やむなし
米単独もしくは米・英・イスラエル・豪によるイラク石油共同管理
▼アメリカン・マルチラテラリズム(現実主義派)
防御的な現実主義者(本流) 国連安保理新決議によるイラク攻撃
国連下における米主導によるイラク石油共同管理
(※イラクの推定石油埋蔵量はサウジアラビアに次ぐ1120億バレル)
国内産油量の減少に悩むアメリカにとって、目的が石油資源の確保である以上、これまでと大差ない国連主導によるイラク石油管理は、どうしても受け入れがたい。できるだけイラクにとって高いハードルとなる決議内容をぶつけながら、タイミングを見計らって攻撃を仕掛けるしかない。大義名分のために国連安保理新決議の採択を待つことが望ましいが、フランス・ロシア・イラクの国連サークルの術中にはまりこむことが目に見えており、採択後の一瞬の隙を狙う手もある。
ITバブル崩壊と迫り来るデフレの影、そして先の見えない日本経済というもう一つの爆弾に追い込まれて、今アメリカは、危険な賭に挑もうとしている。
■米・欧衝突
「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」の設立者であるネオコンの論客ロバート・ケーガンは、ポリシー・レビュー誌に『力と弱さ(パワー・アンド・ウィークネス」)』と題する論文を発表する。
欧州と米国の違いが修復不能な状態に達し、米国の新世界秩序建設にとって欧州はいわば「用なし」になったと書いた。そして米欧関係を「虚構」と決めつけ、「互いに道が分かれたことを認め合おう」と呼びかける。それは、離縁状とも受け取れる内容になっている。
欧州側の衝撃の深さは、EUのソラナ共通外交・安全保障上級代表が、EU幹部らに「必読論文」と指定してコピーを配布した事実からもうかがえる。
ケーガンは、「力に背を向けて、法と規律、交渉と協調を重ねればカント流の永続平和を築けるという理想論にひたっている」と欧州を批判し、米国の世界観は「万人の万人に対する闘争」というホッブス流の無秩序・無政府的世界だとする。
そして、ケーガンは、パウエル国務長官に代表されるマルチラテラリズムを信奉する政治家でさえ、核心において、ユニラテラリズムを邪魔されたくないと思っているとして、戦争した場合の資金面の問題から慎重論を展開しているだけだと酷評する。
ネオコン系の論客である「歴史の終わり」を書いたフランシス・フクヤマも「西欧文明における民主的正当性という問題で、米欧が異なる観点を持つことの反映である」とし、『西欧』という言葉や観念でくくられていた世界の崩壊の兆しだと指摘している。
政治思想をめぐる論争は、多くの関心を集める。特にこれが米・欧間の衝突となれば、興味津々となる。確かに米・欧間の亀裂は深刻である。今後更に激しい論争になるだろう。しかし、残念ながら、今世界の論調を見渡すと、フセインよりもブッシュ政権こそが脅威だとする見方さえあることも事実である。
■油屋さんのセールス・トーク
いつの時代もそうだが、ネオコンの理想主義の欠点は金勘定のようだ。1カ月当たり最高で90億ドルに上るイラク戦資金の調達・環流方法を提示できていない。
最近になって第4の方法として話題になっているフセイン排除のためのクーデター工作、亡命工作、暗殺歓迎表明などが注目を集めるのはこのためだ。この方が断然安上がりですむ。
世界経済、とりわけ日本経済への致命的な影響を考えれば、終わらせるタイミングを図るため速やかに決着をつけ、完全に主導権を握る必要がある。従って、あらゆる政治工作もすでに侵攻しているようだ。
私には、ネオコンの政治思想に関する難しい発言も単なるに油屋さんのセールス・トークにしか聞こえないことがある。すでに彼らは、皆さん仲良く、フセイン後を睨んでカスピ海沿岸に隊列を集結させている。
▼ユニラテラリズム(理想主義派)
新保守主義者(ネオコン)=新帝国主義者 米単独でのイラク攻撃を主張
・パール国防政策委員会委員長(UnitedStates-Azerbaijan/Chechnya)
・ウールジー元CIA長官(Chechnya)
・ロバート・ケーガン(Chechnya)
・ウィリアム・クリストル(Chechnya)
・リチャード・パイプス(Chechnya)
・ノーマン・ポドーレッツ(Chechnya)
▼ユニラテラリズム(現実主義派)
攻撃的な現実主義者(本流) 米単独でのイラク攻撃やむなし
・チェイニー副大統領=元ハリバートンCEO(UnitedStates-Azerbaijan)
・ライス大統領補佐官=元シェブロン取締役
・キッシンジャー元国務長官(UnitedStates-Azerbaijan)
▼アメリカン・マルチラテラリズム(現実主義派)
防御的な現実主義者(本流) 国連安保理新決議によるイラク攻撃
・アーミテージ国務副長官(UnitedStates-Azerbaijan)
・スコウクロフト元大統領補佐官(UnitedStates-Azerbaijan、2002年参加)
・ベーカー元国務長官(UnitedStates-Azerbaijan)
・ブレジンスキー元大統領補佐官(UnitedStates-Azerbaijan/Chechnya)
(注)UnitedStates-Azerbaijan=UnitedStates-AzerbaijanChamberofCommerceのメンバーを指す。
http://www.usacc.org/chamber/prof-officers.htm
Chechnya=TheAmericanCommitteeforPeaceinChechnyaのメンバーを指す。
http://www.peaceinchechnya.org/members.htm
■外交音痴という武器
今年9月21日と22日に大阪で開催された国際エネルギーフォーラムで、トヨタ自動車グループは、イランで天然ガスから低公害軽油を生産する事業に参入する方針を固めた。日本、イラン両政府もこの事業を支援することで合意する。
ペルシャ湾にある世界最大級のサウスパルス・ガス田を舞台にしたもので、GTL(ガス・ツー・リキッド)と呼ばれる新技術で、採掘した天然ガスを軽油の替わりに使える燃料(低公害軽油)に転換する。
英・蘭連合の国際石油資本であるのロイヤル・ダッチ・シェルとイラン国営石油化学公社が計画の中心で、日本からはトヨタ系商社の豊田通商と提携先のトーメン、国際石油開発などでつくる企業連合が参加する。
トヨタ自動車の直接出資も検討されたが、「イランを『悪の枢軸』の一角とするアメリカを刺激しかねない」との配慮から見送られたという。
昨年10月のコラム「ニュー・グレート・ゲーム」でこう書いた。「残念ながら古き良き時代にはもどれない。(戦争特需などの)過剰な期待をせず、粛々と燃料電池電池に代表されるエネルギー技術に取り組む方がはるかに戦略的である」
GTL(ガス・ツー・リキッド)は、DME(ジメチルエーテル)と並んで燃料電池用燃料として期待されている。イランに続いてサウジアラビアにも注目しておくべきだろう。
スコウクロフトの予言した最悪の事態としてのアルマゲドンに備えて、外交音痴を武器にして、多くを語らず控えめに、世界を眺めるしたたかさも必要だ。その間に、世界に誇る職人としての自覚を持って、技術の向上に励んでいれば、自ずと向かうから歩み寄ってくる。そのためには過去の遺産にも勇気を持って真正面から立ち向かう必要がある。
地球上のあらゆる生命が悲鳴をあげている。今、日本人なら、その声が聞こえているはずだ。そして、僕らが挑む相手は、ここにある。
ただ単に壊すだけではなく、「地域や世界規模の問題で指導的役割」を担うため、新たなビジョンを世界に発信する時が迫ってきた。
■引用・参考
◎「歴史の交差点 ブッシュのユートピアと自己満足–イラクと北朝鮮」山内昌之東京大学教授 2002.10.05 週刊ダイヤモンド
(一部転載)
ケイガン(注1)らの「ネオ保守主義者(注2)」には、米国主導の軍事同盟や貿易・財政標準によって米国主導の国際システムを確立する野望が潜んでいるようだ。これは、他国の追随を許さない軍事ハイテクによって、一九世紀以来の「マニフェスト・デスティニー」を世界に拡大する野心と受け止められても仕方がないだろう。
保守主義によって換骨奪胎された新ウィルソン主義の強硬策は、長期的には各地で抵抗を引き起こし、現存の安定した国際秩序を崩壊させかねない。それなりに世界に受け入れられてきた米国の、ゆるやかな世界ヘゲモニーの性格を根底から変えてしまうのだ。米国は、国際緊張や地域紛争の蒸留器ではなく、それを増大させる発動機と化してしまうのである。その結果、EUは自前の安全保障の道を模索し、日本は漂流するとファフは考える。
一九四〇年代以降、米国の安全保障と威信の源泉は、力だけでなく国際的な信頼感と指導力に由来していた。日本政府は、ブッシュの行動への決意がウサーマ・ビン・ラーディンを利する危険な賭けにつながらないように、一段と説得と協議の努力を払ったほうがよいだろう。
(注1)ロバート・ケーガン
(注2)「ネオ保守主義者」=新保守主義者=ネオコン
◎『米「新帝国主義」を演出する男たち』高畑昭男(毎日新聞論説委員)2002.09.03 毎日エコノミスト
◎「米哲学者、フランシス・フクヤマ氏 米中枢同時テロ後 西欧世界崩壊の兆し」2002.08.23 産経新聞東京朝刊
◎BehindUSriftsonhittingIraq
It’sthe’realists’vs.the’Reaganites’asBushmeetstodaywithsenioradvisers.
ByPeterGrier|StaffwriterofTheChristianScienceMonitor
http://www.csmonitor.com/2002/0821/p01s01-uspo.htm
◎Unprecedentedpower,collidingambitions
http://www.economist.com/World/na/displayStory.cfm?story_id=1355664
◎WashingtonPostOPINIONRobertKagan
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/opinion/columns/kaganrobert/
◎PowerandWeakness
ByRobertKagan
http://www.policyreview.org/JUN02/kagan_print.html
◎Multilateralism,Americanstyle
RobertKaganTheWashingtonPost
http://www.iht.com/cgi-bin/generic.cgi?template=articleprint.tmplh&ArticleId=70670
◎TheTrans-Atlanticsplit-Thepoliticsofpowerandmorality
ByRobertKagan
http://www.theepc.be/challenge/challenge_detail.asp?SEC=challenge&SUBSEC=issue&SUBSUBSEC=&SUBSUBSUBSEC=&REFID=823
◎Aglobalrulebook-AkeygoalforEUForeignandSecurityPolicy
ByChrisPatten
http://www.theepc.be/documents/breakdet.asp?SEC=documents&SUBSEC=breakfast&SUBSUBSEC=&REFID=911
◎EU’sPattentoUS:forcealonewon’tmakeyousafe
http://www.reuters.com/news_article.jhtml?type=topnews&StoryID=1505161