留まることを知らぬ台湾企業の大陸進出
執筆者:文 彬【中国情報局】
世界最大手の半導体ファウンドリー、台湾積体電路(TSMC)は3月28日、大陸投資の申請をする意向を発表した。TSMCはウエハーの製造、組み立て、テスト等を手掛け、台湾で初めて12インチウエハーの試験生産に成功した最先端技術を持つ著名な企業であるだけに、その大陸進出は世界のウエハー市場に大きな影響を与えるだけでなく、中台貿易に新たな局面をもたらす行為として今後の動きが注目される。
TSMCの発表を可能にしたのは台湾政府の8インチウエハー大陸進出解禁宣言だが、これまで解禁宣言そのものに対して大きな議論が繰り広げられていた。というのも、ウエハー製造を含む半導体産業は20年来培ってきた台湾経済の命脈である。その解禁は台湾のハイテクと資金の流失に繋がり、やがてそのハイテクと資金の恩恵を受けた大陸が台湾産業を圧迫するようになるとの懸念の声があがったためだ。
また、大陸進出解禁に伴う失業問題も一層深刻になるだろうと解禁反対派は強く警告している。政府のシンクタンク・工業研究院がまとめた「両岸の半導体産業の発展」に関する報告書も「いったん8インチ工場の大陸投資を解放すれば、今後国内で数年内に2万人規模の失業者が出る」と認めている。
それにも関わらず政府が解禁に踏み切ったのは、大陸進出を台湾半導体産業の唯一の活路と見る人が増えたからである。陳水扁政権以来、前政権の大陸経済政策である「急がず忍耐強く」(李登輝の「戒急用忍」政策)を「積極解放、有効管理」に改め、激流のような大陸進出をバランスよくコントロールしながら外資誘致による台湾経済の復興を図ろうとしてきたが、貿易総額が2000年の260億ドルから2001年の180億ドルに激減し、失業率も3.19%から5.33%へと悪化してきた。台湾の『天下』誌のアンケート調査結果によると、大企業リーダーの94%が2001年の経済状況に不満があり、4分の3の企業リーダーが広い大陸市場は台湾企業の活路だと認めている。
もう誰も止めることは出来なくなる。台湾がやらなければ、欧米、日本、韓国、そして香港の企業に先制されてしまう。いや、実際に台湾は既に出遅れている。今年3月10日、日本電気の合弁会社である上海華虹NECの半導体工場が完成し、ウエハーの製造を開始したというニュースが世界を駆け巡った。この半導体工場は中国最大級のものであり、生産ライン稼動当初8インチウエハー月産5000枚でスタートするが、順次生産能力を高め、最終的には月産2万枚の計画である。また、香港の聯華電子(UMC)もこの春から、中国の北、中、南部の3ヶ所でウエハーの生産拠点を同時に建設していると発表した。稼動後はウエハーの供給地図が大きく塗り替えられることとなるに間違いないだろうと関係者は見ている。
大陸で事業を起こせば儲かる――大陸で操業している台湾企業の大半はかつての悪戦苦闘から利益が見えるようになり、大陸の醍醐味を享受できるようになってきた。(日本貿易振興会の調査結果を見ると、大陸に進出している日系企業も好調であることが分かる。2001年の営業損益見込みについての質問に対し、70%の企業は黒字であり、約12%の企業は均衡であると答えている)。それが台湾の企業を大陸に惹きつける最大の魅力である。
「両岸関係の正常化には軍事や政治のバランスだけではなく、経済のバランスも重要である」と主張する陳水扁総統だが、財界や産業界からの圧力にたじろぎながらも規制の手綱は緩められていく。そして、台湾が大陸に「併呑」されると警告し、今まではタブーだった「三通」(直接通商、通航、通信)に対してもかつてない活発な議論が展開されている。
多くの企業家の目には中華圏の経済中枢はすでに台湾から大陸へと移りつつあるように見えるに違いない。台湾政府は今まで以上に苦境に立たされている。(中国情報局コラム転載 2002.06.29)