執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

萬晩報の事務局長の岩間孝夫氏が2カ月ほど前、中国の寧波から一時帰国していた時、高校の同窓だという甲斐美都里さんを紹介してくれた。というより甲斐さんの家に逗留していた岩間氏を深夜訪ねた。なにやら機嫌がいいので聞くと「4月から学生に戻るんで、スカイメイトも使えるのよ」ということだ。

さらに聞くと合格したのは東京芸大大学院。記者とはいいながら、つかさつかさでサラリーマンをやっているわが身を振り返り「学生」と聞いただけで、うらやましく思った。だがよくよく考えれば並外れて一芸に秀でていないと入れない世界である。美都里さんが機嫌がよかったのは多分「古今東西 陶磁器の修理うけおいます」(中央公論新社)という自著の発行が間近だったこともあったに違いない。この本を読んで僕は観念した。

美都里さんの専攻は「文化財保存修復学科」。自身の説明では、芸大にこういう学科ができたのは世界遺産がらみ。画家の平山郁夫氏がこのプロジェクトにえらくご執心で、その計画を推進する傍ら、保存修復を専攻する学科が先進国の中で日本にだけないのでは格好がつかないということで、自分が学長をしていた東京芸大に創設した。その後、保存修復学科は新設大学で設立ブームになっているようだが、陶磁器修復を専攻したいと受験してきたのは彼女が初めてだったらしい。

最近まで外国新聞社の記者だった。趣味は学生時代からずっと「骨董」。記者や秘書の仕事をこなしながら心はずっと陶磁器の世界を漂っていた。この間、イギリスで陶磁器の修復技術を修得、京都の蒔絵職人に和洋修復技術である「金継ぎ」「銀継ぎ」を学んだ。その甲斐あって一部「骨董業界」では「修理のプロ」で通うほどの腕前になり、ついに自宅で「陶磁器修理業」を開くまでにいたった。

陶磁器修復の彼我の違いは、西洋が「鑑賞用として修復の跡を残さない」ことにこだわるのに対して、日本は「使えてなんぼの世界」。骨董品に対する哲学が海と山ほどに違うのだという。

接着剤にしてもイギリスでは「米がゆと卵白と粉」「桑の木の汁」「グロスターチーズと石灰」などで日本では漆が主流。イギリスの修復した陶磁器に熱いお茶を入れると接着面が簡単にはがれてしまうが、日本の「漆」はそんなことはない。漆は史上最強の接着剤なのだそうだ。

昨年、中国青磁のふるさと浙江省「龍泉窯跡」を訪れ、その規模の大きさに圧倒された。「700年前から500年前にかけて商品にならならず廃棄された磁器が山になっているぐらいだからけたが違う」。美都里さんは鎌倉の由比ガ浜で宋の難破船から流れ着いた古龍泉の破片を採取して宝物のように大切にしてきたが、「そんなもんごみにもならへん」とばかにされた。

国外持ち出し禁止とは知りながら、盗掘小屋も訪れた。養蚕のカイコ棚の下からそれこそ国宝クラスとも思える古龍泉が次々と現れた。「もうよだれがでそうだった」。しかしこっそり持ち帰るには大きすぎる。法律を犯すのもはばかられ、後ろ髪がひかれる思いで小屋を離れた。

「古今東西 陶磁器の修理うけおいます」は陶磁器修復論としてもおもしろいし、骨董大好き少女の趣味が講じて「陶磁器修復師」になるまでの読み物としてもわくわくした気分にさせてくれる。

美都里さんは芸大の保存修復学科ではその腕をさらにみがくのだが、きっと新たな境地を開いてくれるのだと期待している。

美都里さんのホームページ http://homepage2.nifty.com/justa-rufina/