関西の「のり」と時勢の「つき」
執筆者:中野 有【米東西センター北東アジア経済フォーラム上級研究員】
何処のオフィスを訪れても以前より静まり返っている。勢いよく電話が鳴り響き、活気ある会話が交わされているという職場が懐かしい。不況だったら不況なりに現状を打開しようとする危機感から生じるモメンタム(勢い)があってもいいのだが、そうでもない。とにかく、コンピューターのキーボードの機械的な音だけが静かに響いている。
これは、明らかにIT(情報技術)の弊害である。Eメールを通じ、瞬時にメールを送ることができる。そして、世界中の情報がインターネットを通じ、洪水のように入ってくる。言葉を介さなくとも仕事ができるのである。以前、ITISHEART!というコラムを書いて、IT(情報技術)にはIS(情報社会)としてのHEART(こころ)が通ったコミュニケーションが不可欠だと提案した。
まさにその通り。今の日本には、国をどうしようか、どのように業績を上げようとか、日本、社会、個人が元気を出すための熱い会話が欠けているのである。コンピューターや官僚的な書類の上では、「迫力」や「志」が伝わりにくい。
コンピューターの売上に比例して、高級な万年筆が売れると聞く。万年筆で書く感覚が恋しくなるからである。この様に陰と陽の関係か、対極的な反応が必ず起こる。そのように考えると、ITの進展により職場が静かになりつつあるときこそ、国際電話も安くなったことだし、内外を問わず電話で意見交換をしたり、顔をむき合わせた議論に新鮮味が帯びてくるのではないだろうか。日本式経営の優れたところは、「コンセンサス」や「根回し」による「あうんの呼吸」である。これは生きたコミュニケーションや飲ニケーションによって、はぐくまれるものである。これは関西の「のり」と近いものである。
失業率がどこまで悪化するのか。かつてない経験なので、不安と閉塞感が漂う。特に頑張らなければいけない中高年層に元気がない。いつの世にも言われるように「今の若者は」というのが「今の中高年は」というのが、現代に当てはまる。フリーターとして、頑張っている若者のほうに「開き直り」という悟りが感じられる。その若者の一部には、自由人や脱藩人のような夢を追い続ける志のあるものもいる。
大企業のサラリーマンや公務員という安定した地位にあるものほど、変革についていけない。守りに入っている中高年こそ、脱藩的感覚で若者のフリーターの良い面を学ぶべきである。もうそろそろ、構造不況脱出のための「ムードメーカー」が登場しても良いのではないだろうか。
日本再生のためには、ITのような職場環境を静かにさせるテクノロジーや、難解な講釈ではなく、案外大阪の「儲かりまっか」の「商魂」という関西の「のり」が求められるのではないだろうか。一昔前、坂の上を駆け上るようなバイタリティーは関西パワーから生まれたような気がする。そう考えると、関西の中高年層のパワーが不況脱出の鍵を握っているように思われる。阪神タイガースの躍進と不況脱出とは正比例関係にあるような気がしてならない。関西の「のり」と「つき」を呼び込むリーダーの出現によって、失われた十年を取り戻す、反動とモメンタムが期待されている。不況脱出の極意とは、「のり」と「つき」という「あるきっかけ」で、歴史のリズムがプラスに働くという、案外単純なことであるのではないだろうか。
もうそろそろ、その時が到来してもいいのでは。
中野さんにメールは nakano@csr.gr.jp