執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

「スイスと北海道の面積と人口を比べてどちらが大きいか」-そんな質問をされて答えられる人は少ないと思う。

まず面積は北海道の方が大きく、人口はスイスの方が多い。北海道の面積は8万3451平方キロで、スイスが4万1285平方キロ。北海道はスイスのほぼ2倍の面積があり、人口は北海道569万人に対して、スイス709万人と3分の2しかない。

人口密度で言えば、スイスの方が数段高い。どちらが山が多いかといえば、スイスであろう。そんな国土でありながら、有数の国家経営をしてきたノウハウがある。有数の世界の金融センターのひとつであり、時計を中心とした精密産業を育み、ネスレやスシャードといった食品企業、世界有数のエンジニアリング会社ABBもある。

北海道に欠如しているのは独立した意思決定のメカニズムである。日本から見れば化外の地としてスタートし、開拓植民によって開発が進んだが、明治以来、中央への依存体質から抜け切れたことがない。日本で唯一、道州制が敷かれているにもかかわらず、自立が遅れた。

●地方自治が徹底すると大臣の数が減る

外交官である国枝昌樹氏の『地方分権・ひとつの形』を読んで目からうろこが落ちた。この本は毎日新聞の読書のページで「京都、水と緑をまもる連絡会」の田中真澄さんが講演のたびに持ち歩く本だと紹介されていた。田中さんは市民運動のリーダーである以前に京都の志明院の住職である。

『地方分権・ひとつの形』はスイスの政治の在り方を紹介した本だ。国枝氏がジュネーブ勤務時代にこつこつと調べ上げた実態調査でもある。この本を読んでいて久しぶりに「北海道独立論」に立ち返って、多くのことを考えさせられた。

スイスの閣僚は首相を除いてたった7人である。外相、内相、経済相、司法警察相、国防相、財政相、環境・運輸・エネルギー・通産相の7ポストである。

ちなみにアメリカは14。ドイツ15、イギリス20。フランスは閣外相10人を含めて26人、日本はといえば19人で、ロシア33人である。閣僚がスイスより少ない国家はわずかに太平洋に点在するいくつかの島嶼国のみである。国土の広さとは関係なく、中央集権が進むほどに閣僚の数が増える傾向にあるようだ。

当たり前の話であるが、スイスでは教育の権限はほとんど州にあるため、文部省はいらない。同じように農林省や労働省、厚生(福祉)省、公共事業を担当する省庁もない。

もちろんスイスでも国家がこれらの仕事をまったくしないのでなない。内務省にそれらの部門は確かにある。だが、独立した省庁を必要性を認めないのがスイスの憲法である。

これらの仕事は基本的に地方の独自色を出した方が効率的な行政が行える部門である。だから地方に権限を委譲すれば、日本だってこれらの省庁は必要なくなるというモデルがスイスにある。

●ジュネーブはスイスの新参者

スイスの首都がジュネーブにあるものだと勘違いしている人が多い。ジュネーブはあくまで国際機関が集中する都市で、首都は中部のベルンにある。そして東部の都市であるチューリッヒは金融都市。ローザンヌは商業の町。バーゼルには日本の金融機関を苦しめたBIS、国際決済銀行の本拠地がある。金融機関を中心に世界のビジネストップが年に一度、参集する「世界経済フォーラム」はダボスで開かれる。

スイスは連邦国家である。起源は1291年、ウリ、シュビツ、ウンターワンデスの3つの共同体の盟約締結にさかのぼる。その後、500年にわたり「盟約」に参加する共同体が増えるが、あくまで盟約関係であって、連邦国家ではない。この盟約関係に最大の危機が訪れるのがナポレオンによるスイス経営である。スイスは一時期、ナポレオン政権時代にフランスの保護下に入り、衛星国のひとつとなっている。

皮肉にもこのことがスイス連邦誕生の契機となった。1815年のウィーン会議の後、旧支配層が復活して22の州による連邦国家が成立した。フランス語圏の一独立国だったジュネーブはこの時、スイスに合流した。

憲法が制定されたのはフランスの7月革命の影響を受けた1848年である。人民主権と代議民主制を取り入れた25州による連邦制を規定したのである。1800年代の中葉、ドイツ帝国が成立し、イタリアもまた統一された。アメリカは南北戦争があった。日本の王政復古による明治国家建設も同じ歴史のその流れの中に置くと分かりやすい。いまある先進国の枠組みが完成し、相互が認め合った時期なのである。

近代国家の領域は共通言語によると考えられがちだが、スイス連邦の結成はそうでもない。公用語はフランス語、ドイツ語、イタリア語だった。1938年、国民投票で憲法を改正して新たにラテン語系のロマンシュ語を加えた。

萬晩報的に解釈すると、スイス連邦の歴史は150年前からミニ版・欧州連合(EU)を指向していたということになる。(続)

次回は「レファレンダムとイニシアチブ」について伝えたい。