執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

1999年01月28日付萬晩報「国債という日本の打ち出の小づち(2)」の続きである
日本の借金はその規模が大きすぎ、増え方が異常だということはだれもが指摘してきた。そして借金が増えれば返済が大変になるぐらいのことはだれにでも分かることである。これまで、国債の議論は発行残高の急増にばかり焦点が当てられてきたが、その借金をだれが負担しているのかという点についてあまりにも無頓着だった。そのことが分かると日本の財政はますます危機的様相を呈していることが明らかになるだろう。
●国債大量発行の矛盾

国債が国民の資産として蓄積されているのならば、経済全体に与える影響は軽微である。銀行の保有量が増えると問題なのは、本来、企業の設備資金に回るはずの民間資金が政府部門に吸い上げられるからである。
1970年代後半以降、日本国は国債を大量発行してきた。不況で税収が減り代わりに国債が発行されたが、銀行側にとっても企業活動の低迷により融資先が先細りしていたから、国債は格好の運用先となった。
一方で1980年代は企業の資金調達が銀行からの「借り入れ(間接金融)」から市場を通じた「直接金融(増資や転換社債の発行)」に傾斜していった。銀行としては景気が回復しても引き続き預金の運用先として国債市場は重要さを増していった。例え企業への貸し出しと比べて利回りが圧倒的に低くても欠くことができない存在となってしまったのだ。銀行による国債引き受けの中毒症状は当時から始まっていた。
だが1990年代中葉からの発行額は過去の大量発行時代をさらに超える規模となった。銀行という中毒患者ですら消化しきれなくなり、政府の資金運用部と日銀のリリーフを仰ぐことを余儀なくされた。
国債の大量発行は消化不良を起こすだけではない。買い手不足はただちに金利高騰を誘因する。1980年代のアメリカで金利の30年債の発行で額面金利が10%を超える時代が続いたことは記憶に新しい。日本の銀行や生保による米国債買いがなかったら、いまのアメリカ経済の興隆はなかったかもしれないのだ。
いま日本は当時のアメリカと同じような危機に直面している。アメリカの場合、ドルという国際通貨を持っていたがゆえに潤沢なオイルマネーやジャパン・マネーに依存することが可能だった。しかし日本の場合、円がドルほどの流動性を持っているとはいえず、財政の不足分を海外のマネーに依存するわけにはいかない。
●財政学の教科書の間違い

「日銀が国債を買うのは、社債を発行している会社が、自社の発行した社債を買い入れて償却している、という取引と変わらない」のではないかというメールをもらった。このメールには次のように返信した。
「企業の社債発行も資金調達ですから、買い戻したら、せっかく調達した資金はゼロになります。企業には逆に金利分だけ負担がかかります」

「国債は国による資金調達ですが、日銀が買い入れるとき、日銀券を発行します。国が調達した資金はそのまま残りますが、日銀券の流通が増えて、日銀券の価値が減るということです」
多くの財政学の教科書には「国債の発行は政府の負債だが、発行された国債は国民の資産でもある」「父親が母親のへそくりを借りるようなものである」などと書かれている。国という単位でみると「国債発行=借金財政=悪」とはならないことになっている。だがどう考えても国家財政と家計とは違うし、20年も30年も前に書かれた教科書が今もって通用するという方がおかしい。
実はアメリカもまた、財務省発行の国債を担保に連銀がドルを印刷しているのである。この国債が国内でしか流通していなければ、ドルの価値は奈落の底に落ちていた可能性が高い。だが、ドルが国際通貨であったため他の国の人がお金を貸してくれたのである。家計でいえば、近所の人が貸してくれたと言い換えてもいい。
●郵貯もまもなく国債買い入れができなくなる

90年代に入ってからの100兆円を超える景気対策によって、ついに金利は高騰の兆候を見せ始めた。昨年11月に1%強だった国債利回りは今日、ついに2.1%台に乗せた。
国債増発による公共事業の積み増しと金利高騰はトレード・オフの関係にある。これは市場経済の常識だ。これまで超低金利と国債大量発行とが両立できたのは増発した国債を資金運用部と日本銀行、郵便貯金がせっせと買い入れて金利の高騰を防いできたからだ。
さすがの資金運用部も昨年末ついに「これ以上国債買い入れができない」(買いオペ停止)とギブアップ宣言した。残るは日銀と郵便貯金であるが、郵貯は金利が高かった90年前後の定額貯金(10年物)の満期が到来する。いわゆる「郵貯2000年問題」だ。巨額の郵貯資金が他の金融商品に預け替えられることになれば、郵貯もまた国債を買い支えることができなくなる。
それより恐いのは、郵貯が資金不足で崩壊する危機である。郵貯は資金運用部を通じて高速道路だとか本四架橋といったインフラ建設に長期資金を供給している。銀行のように中小企業に圧力をかけて返済を求めることはできない。日本債券信用銀行や日本長期信用銀行が発行する債券の売りで債務超過に陥ったように、郵貯もまた預入金不足をきたすことになるだろう。
日銀がこれ以上、国債を買い続けると、理論的には通貨安をもたらす。通貨発行の根拠が国の借金なんて普通の感覚では考えられない。このところ、日本円は円高で推移しているが、通貨安は基本的にインフレを誘引し、インフレは物価高をもたらす。
宮沢喜一蔵相は国債の大量発行がもたらす金利高騰懸念に対して「民間の資金需要が低調だから、これくらいの国債発行で金利が高騰するはずはない」と述べている。確かにいまの時点では正しい。だが、政府が目指す景気回復が実現したらどうなるか。民間の資金需要が復活した時点で、すでに日銀が大量保有している国債が巨大な負担となるはずである。
ハイパーインフレの到来である。
多くの経済専門誌はデフレスパイラルに対する危機感を煽っているが、中期的には必ず日本にインフレが起きるはずだ。米ムーディーズ・インベスターズ・サービスが昨年12月、日本の格付けを引き下げたのは残念ながら日本バッシングでのなんでもない。経済の常識である。
日銀の1998年9月中間決算で78兆円の資産のうち49兆円が国債であることを書いた。最近取り寄せた98年12月31日付の資産は91兆円に増え、国債保有は52兆円に増えていた。もちろん日々の金融情勢での増減があって当たり前で季節的要因もあるが、直近ではたった3カ月でさらに3兆円も増加しているのである。