執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

●「栄光ある衰退」を覆したサッチャー政権
「サッチャー回顧録」を読むと、当時の保守党は「政権についたらまず何をなすべきか、分かっていた」という。英国の競争力回復のための論議は1979年5月の政権獲得をさかのぼる5年前から始まっていた。労組のと対決や国営企業の民営化、税制改革のスケジュールは出来上がっていた。そして満を持しての組閣が始まった。

1970年代の英国の蔓延していたのは「栄光ある衰退」という一言に尽きる。サッチャーは回顧する。「知識人も官僚もだれも英国経済を復活させるのは不可能だと考えていた」と。当時サッチャー以外だれも英国の明るい将来を展望していなかった。1990年代、日本のグランドデザインを描いたのは「普通の国」を掲げた小沢一郎氏と「道州制」を提唱する大前研一氏のふたりだけだ。好き嫌いは別として、日本の不幸はこの二人とも政権から遠いところにいることだ。

●政府保有の株式は100%民間に完全放出
サッチャー政権の改革は実に広範な分野におよんだ。国営事業はすべて民営化に成功し、公益事業も民営化を徹底させた。英国経済の衰退を加速させた労組とは徹底的に闘い、炭労の相次ぐストにもひるまなかった。サッチャーの強権ぶりに対して国民的支持があった。

中曽根さんの民営化は国鉄と日本電信電話公社、日本専売公社の三つの国営企業にとどまり、しかも株式の売却は13年を経たいまも終わっていない。英国は鉄鋼、自動車、港湾、航空、通信、ガス、電力など政府保有の株式を100%民間に放出。ブリテッシュ・テレコムや英国航空などは世界有数の優良企業に変身した。

日本では法律でNTTの株式放出を3分の2、JTは3分の1に限定した。にもかかわらずNTTは1988年以降、株式放出が止まっており、日本のJRは28兆円の累積赤字を抱えたままである。高い価格での売却を狙うあまり売却時期を逸してきたのが真相である。株式の売却益で国債の返済に充てるという当初のもくろみは完全に破綻している。そのへんの事情は1月15日付萬晩報「大蔵大臣が3分の2を所有していても民営NTT」で書いた。
サッチャーは「ゆりかごから墓場まで」という福祉制度にも大胆にメスを入れた。医療費は無料でなくなったし、年金も民間への移行を促した。ファンドマネージャーによる年金運用が始まり、その投資収益によっていまでは引退後の年金生活者の方が現役で働く人々より生活水準が高いといわれる。

●活性化導いた市場原理と税制改革
サッチャーはこうした改革を市場原理への移行という哲学と税制改革による優遇の両面で行った。現在の日本の改革論議での「市場原理の導入」はようやく定着しているが、税制改革についてはだれも言及していない。消費者はただ「減税」を叫び、財界が要求しているのは「先進国並みの法人税率」。大蔵省はきっと「先進国並みの消費税率」を考えているに違いない。

減税にしても増税にしても我田引水ばかりで「哲学」がない。保守党の最後の蔵相となったケネス・クラーク氏によれば、英国の年金改革が成功したのは「税制の恩典と法律上の義務との組み合わせによって年金受給権をなるべく小さなものに変えた」ためだ。

1989年に3%の消費税を導入したときは、3%に見合う所得税や法人税減税を併せて実施した。景気がよかったこともあるが、一応道理にかなっていた。しかし、昨年の消費税3%から5%へのアップでは、暫定措置だったとはいえ2年続いた減税をやめた。これでは国民は納得しない。景気に水を差すのも当然のことである。

筆者が考える税制改革の理念は明日の萬晩報でお届けする。