執筆者:伴 武澄【共同通信社経済部】

●米は「基準が甘すぎる」vs日本は「基準が厳しすぎる」

国際会計基準を知っているだろうか。世界的に企業会計のルールを統一しようとロンドンに本拠を置く世界的会計士団体であるIASAC(国際会計基準委員会)が策定を急いでいる新しい会計基準である。日本は新しい会計基準でも取り残されようとしている。

実は国際会計基準に対して、EUもアジア諸国も採用の方向なのに、日本とアメリカだけが反対している。日本とアメリカが共闘を組んでいるのではない。アメリカは現行のSEC基準(証券取引委員会)に比べて「基準が甘すぎる」と反対し、日本は「厳しすぎる」と反対している。

日本が反対している最大の理由は、国際会計基準が企業の保有する有価証券や不動産を「時価」で評価するよう求めている点だ。日本の商法では企業のバランス・シートは購入時の「簿価」で評価することになっており、「時価」との差額である「含み資産」を十二分に活用して好不況を乗り越えてきた日本の企業社会の長い歴史が背景にある。このほか連結決算も求められているがこの場では言及しない。

「簿価」方式は、企業会計が単純だった時代の遺物である。確かに決算期ごとに資産を「時価」で再評価すると本体の業績が株式市場の乱高下や不動産市場の相場に左右されやすい。しかし、時価評価のもとでは住友商事が犯した商品先物取引のように巨額の損失を隠すことは難しくなる。企業会計は単にモノをつくって売る時代から、余裕資金をデリバティブなどで日常的に運用するようになっており、資産運用を透明化する上でも「時価」による評価が不可欠な時代に突入した。こうした認識は1980年代後半から世界的な常識となっている。

EUは、株式の店頭市場であるEASDAQがすでに先行的に導入し、アジアでも香港、シンガポール、マレーシアが新しい国際会計基準を下地にした国内基準を策定、韓国もまた1996年に会計基準を全面改定して「時価」方式を導入している。

●グローバルスタンダードにさらに逆行しようとする日本

日本が致命的な過ちを犯していると思うのは、世界的な趨勢に反対しているからではない。反対だけならまだしも、もはやグローバルスタンダード化しようとしている新しい会計基準にさらに逆行するような会計基準を策定しようとしているからだ。

政府が現在策定中なのは、企業が所有する不動産の含み益の自己資本への計上である。加えて所有株式の時価が帳簿価格を下回った場合、含み損を計上しなければならない「簿価法」から含み損に目をつぶる「原価法」にも変えようとしている。企業会計の実態はなにも変わらないのにあたかもバランスシートが改善したように見せる「政府公認粉飾決算」の道を開こうとしているのだ。

不動産の含み益の自己資本への組み入れには繊維のユニチカがすでに名乗りを上げている。見掛け上の自己資本をかさ上げしたところで世界の格付け機関が格付けを上げるとは思えない。こんなことで株を買う投資家がいたとすれば、笑いものである。地価が依然として右肩下がりの状況で、いったん時価で評価した不動産は含み損を待つばかりの運命でしかない。

政府は金融機関への30兆円投入だけでは、金融システムは”安定”しないと考えているのである。それほど金融破綻への危機感が高いということなのだろうか。ソニーやコマツなどニューヨーク証券取引所に上場しているグローバル企業はすでに新しい会計基準よりも厳しいアメリカのSEC基準をクリアしている。日本企業が選択すべき会計基準はもはやジャパン・スタンダードではない。ユニチカに続く日本企業が出現しないことを望む。

もはや政府部内でも国会でもまったく議論になっていないことには目をつぶろう。しかし、経団連でや日本商工会議所など財界から一切批判の声が上がらないことは不思議である。世界に目を開こうとしない企業に明日はない。