ガソリンの価格破壊を10年遅らせた通産省の策謀(HABReserch&Brothers Report)
執筆者:伴 武澄【共同通信社経済部】
「臨時・暫定・特定国家論」を続けたい。
ガソリン価格が下がっている。筆者が住む京都市では1リットル=80円台のスタンドも登場して話題を巻き起こしてる。1995年まで、ガソリン価格の低下は円高によると説明されてきた。この3年で為替は1ドル=80円から125円まで安くなっている。実は円は50%以上も暴落している。円は暴落しているのに輸入インフレは一切起きていない。これも日本経済の7不思議だ。
ガソリンに限って言えば、価格下落が始まったのは皮肉にも円安に転じた後の1996年からである。通産省が4月からの「特石法」廃止を決めてからだ。マスコミは、海外の安いガソリンが輸入されれば国内でガソリン価格も破壊されると書き立てた。さっそく大手商社やJA農協が韓国から輸入を始め、本当に価格が下がり続けた。
●ライオンズ石油のガソリン輸入を阻止した通産省
ガソリンが安くなることにけちをつけるのではない。「特石法」を輸入解禁のための法律だと喧伝した通産省に異議がある。「特石法」の正式名称は「特定石油製品輸入暫定措置法」という。1986年から施行されている。法律名を素直に読むと「特別の石油製品(ガソリン)を暫定的に(当分の間)輸入していい法律」としか理解できない。それがなぜ「輸入解禁」つながったのか。そこが問題なのである。
実は「特石法」成立の背景には生臭い物語が横たわっていた。神奈川県のライオンズ石油というガソリンスタンド業者が海外から安いガソリンを輸入しようとしたことが引き金となった。当時の石油業法では「石油製品の輸入には通産省への届け出が必要」と書いてあった。
ガソリンを輸入しようとする業者が書類を提出すれば「輸入は可能」だった。たまたまライオンズ石油の佐藤社長がガソリン輸入の手続きを取ったことが通産省を揺さぶる大事件に発展することとなった。
日本の石油精製業を育ててきた通産省は、それまでガソリンの輸入は事実上、認めてこなかった。護送船団に乗ってきた石油業界が通産省の虎の尾を踏むはずもなかったし、地域の小さなスタンド業者がガソリンを輸入するノウハウがあろうはずがない。通産省はそう高をくくっていた。だから法律であえて輸入を禁止する必要がなかったが、時代は確実に変わっていた。ただ官僚に変化を読む目がなかった。
曲折はあったものの佐藤社長はシンガポールからタンカー一杯分のガソリンを調達した。1986年1月、タンカーが大阪の堺港に着岸し、ガソリンは保税タンクに入った。戦後初のガソリン輸入が実現する瞬間が待たれた。しかし、そのとき佐藤社長の電話にかかってきたのは城南信金からの突然の「融資差し止め通告」だった。輸入代金は城南信金からの融資が前提だった。この間、なにが起きたか大方の読者は想像ができただろう。
●黒を白と言いくるめた「特石法」
結局、保税倉庫に入っていた大量のガソリンは石油化学製品の原料であるナフサとして日本石油が引き取り、輸入ガソリンは”一滴たりとも”日本に上陸しなかった。そこで緊急に生まれたのがくだんの「特石法」なのである。これほど早く法律が出来てただちに施行された例はほとんど例を見ない。
当時の日本は先進国の中で最も経済のパフォーマンスが好かった。そんな先進国日本が石油製品といえども「禁輸法」を制定するわけにはいかなかった。そこで「特定石油製品輸入暫定措置法」という素人には輸入を促進する法律と錯覚させるような法律名がうまれた。条文には苦肉の表現が考えられた。つまり「石油の備蓄、精製、品質調整の各設備を備えた事業者のみがガソリンや灯油、軽油など石油製品を輸入できる」ことを盛り込んだ。これまでだれでも自由に輸入できた石油製品が特定業者がけの特権となった。通産省は「小さなスタンド業者に安いガソリンを安定供給する能力はない」とうそぶいた。辻褄はあっているが、どう考えてもへりくつである。黒を白と言いくるめるのに等しい。
輸入ガソリンで市況を乱してほしくない大手石油会社が、ガソリンを輸入するとは到底考えられない。こうして偽りの法律が一つ、通産省の手で作られた。作ったのは素人ではない。内閣総理大臣を交えた閣議で国会への上程を決定し、国民の代表である国会議員が決めた。当時この法律名に異議を唱えた閣僚や議員がいたという話は聞いていない。
話を戻すと「特石法」による暫定期間は10年だった。1996年4月からガソリンの輸入が”解禁”したのは解禁という前向きの立法行為ではない。「特石法」がただ単に法律上、期限切れとなっただけである。規制緩和という市場命題を与えられていた政府が世論の手前、もはやガソリンの禁輸(特石法の暫定期間の延長)を続けられる環境ではなくなっていただけのことである。
02月11日のレポート 「租税特別措置法で2倍払わされているガソリン税」で「臨時・暫定・特定国家」について言及した。「特石法」には「暫定」と「特定」の二つの要素が入っていたことに着目してほしい。