アジアがくしゃみすると日本が風邪をひく?
執筆者:伴 武澄【共同通信社経済部】
古い話だが「各紙1面に『アジア発、世界株安』の見出しが踊った」との走り書きが昨年10月28日のメモが残っている。「香港株式が暴落して、ニューヨークや東京の株式市場が『香港安を理由』に大幅に下落した。はからずも悪材料だが、アジア経済は通貨の下落が先進国経済を動かすほどの存在感を示した」とある。
米国紙は知らないが、中国を除いてアジアを主語とした経済記事が日本の新聞の一面トップを飾ったのはおそらく初めてだ。マネーマーケットがグローバル化している証左でもあるが、「アジア通貨や株価の動揺が、日本の企業社会に大きな影響与えかねない」とのマスコミの認識の変化がアジア経済関連の記事の段数を高めていると言わざるを得ない。
通貨下落による経済活動の停滞が、単にアジア地域の景気減速を引き起こすだけではなく、アジアでの生産や販売を旧拡大してきた先進国企業の業績ダウンをも誘引することが今回の一連のパニックで立証された。
特にアジア危機が日本経済に与える影響は米国経済への影響よりも断然大きい。アジア経済の動向は国内景気を左右する大きな要因ともなっており、アジア経済のチェックは旧来のような片手間の作業では済まされなくなっている。
●アジアを理由に松下がレートダウン●
大手証券の発行する投資家向け情報では、アジアへの言及が増大しており、最近、大和証券「DIYアナリスト情報」は松下電器産業の株式レーティングを「A」から「B」に格下げした。理由は「アジア消費の落ち込みで収益への影響が家電メーカーで最も大きい」としている。
11月の同社の9月中間決算の発表では、通貨下落による輸入部品の値上がりに対応、タイとインドネシアでの製品販売価格を5-15%値上げしたことを明らかにした。通貨下落は、その後も続いており「需要の落ち込みもあり、下半期の東南アジア向け輸出は苦戦する」と予想している。
DIYによると、松下グループのアジア地域での連結ベースの売上高は1兆5600億円にも上り、全売上高の20%を占めている。アジアでの強みが今回の通貨下落で逆に収益圧迫要因となる可能性が強いのである。
●素材産業は市況下落に戦々恐々●
組立産業よりも、アジアの動向に神経をとがらせているのは鉄鋼などの素材産業だ。新日鐵など大手鉄鋼は1990年代前半に韓国勢と国内電炉からの攻勢を受け、大規模リストラを敢行し数年前からようやく回復基調を見せていた。当時の大手鉄鋼の合い言葉は「世界最強の浦項総合製鉄並みのコスト競争力」だった。
その浦項製鉄が大幅なウオン安を背景に輸出市場で攻勢に出ており、日本市場への輸出にも拍車がかかりそうな勢いである。国内の公共事業はじり貧な上、アジア向け輸出が減少しており、さらに韓国勢とのコスト競争をも余儀なくされることは必至の情勢だ。
石油化学の分野は、すでに1980年代後半から、東南アジアの需給が化学製品の国内市況をも左右するボーダーレス経営に入っており、1995年からの円安で一度は競争力を回復したはずの日本の素材産業は再び大規模リストラの必要性を迫られている。
アジアのGDP総額では、日本が全体の90%を占めているのが現状だが、輸出規模では数年前から、日本を除くアジアが日本を上回っている。素材産業ではアジア諸国はまだまだ日本の「お客様」だが、汎用性の高い素材部門の価格は市場が支配しており、メーカー側の価格支配力はもはやない。アジア経済の失速はいまや他人事ではない。