史上初めて台湾総統の直接選挙が行われてから約3ヵ月。ハイテク業界をけん引役に先進国並みの経済力を付けるとともに、民主化も総仕上げの段階を迎えたことをアビールした。しかし、ほぼ一年間にわたり中国との関係悪化をもたらし、台湾が複雑な状態に置かれていることも改めて印象づけた。台中関係の行方がいまだ定まらない中、台湾産業界の動向を探ってみた。

 対中問頴 舵取りに
 「総統選挙をめぐる中台関係の悪化による動揺や損害はなかった」台湾の経営者たちは口をそろえ、冷静だ。ブリヂストンに15万台をOEM(相手先ブランドによる生産)供給するなど日米欧を中心に事業展開している大手自転車メーカー、美利達工業は中国・深圳で、年間50万台の自転車を生産している。曾鼎煌社長は「親分同士の口げんかという感じだった。我々が引き上げれば大陸側も大きな影響を受けることは分かっている」と語る。靴や衣料品など労働集約型産業を中心に対中投資が進み、500万人の中国人を雇用しているという推計もある。昨年も件数ベースでは半減したが、金額では前年比13.6%増の約11億ドルとなり、電子電機業界を主役に投資が大型化。政治とは無関係に深まっている台湾企業と中国経済の結び付きが経営者たちの自信の裏付けとなっている。
 しかし、こうした強気の発言と裏腹に中台関係の動向は台湾景気を左右する大きな要因であることも間違いない。「昨年秋には製造ラインの50%を休止した自動車工場もあった」(日系商社駐在員)ほど内需は冷え込み、丸5年第4四半期の経済成長率は予想を大きく下回る4%台後半に落ち込んだ。「投資認可を受けたタイヤ、繊維の大手メーカーが大型プロジェクトを凍結している」(地元金融機関)などの事態が水面下では発生している。
 また、来年に迫った香港の中国返還後の対中貿易の先行きもまだ見えてこない。世界80カ国へ靴製造機械を輸出している鉄鋼機械の陳法勝総経理は「統一とか独立とかいった(中国と台湾の)政治的な問題は50年後に考えればいい」と、明快に言い切る。その上で「国交がないという点では中国も日本も同じだ。政府には中国との直接取引など貿易自由化を実現してほしい」と訴える。
 行政院経済部の統計によると、1995年の対中貿易黒字額は148億ドルに上り、全体の輸出総
額の16%を占めている。同社製品も3分の1は中国向けだ。中国市場への依存度は一段と高まっている。
 台湾当局が中国との直接取引を認めていないため、香港など第三国を経由して輸出しなければならず、このコストも小さくはない。そして、なによりも香港返還後の対中貿易の展望が開けないことが不安を募らせる。
 対中問題に詳しい冷則剛政治大学研究員は「両政府は互いのメンツ、主張にこだわらず、実態に合った経済政策を促進すべきだ」としたうえ、「当面は投資保護協定の締結が必要」とている。日米欧企業が大陸への積極進出を目指す中、台湾企業のいらだちが膨らみつつある。民主化にはほぼ成功した李登輝政権にとって、対中経済問題のかじ取りが最大の課題となりそうだ。

 躍進する中小企業
 「市場のニーズを分析し、製品化にこぎ着けるまでの期間は約9カ月」―スキャナーメーカー、精益科技(プラスチック)の顧鳳姿社長は、成功の理由として市場対応力の素早さを第一に挙げる。10年前に仲間5人で設立された同社は「低価格で、だれでも使える」をキーワードに製品開発を進め、現在は、欧米を中心に年間30万台を販売するまでに成長。咋年販売したスキャナー、FAX、OCRなどの機能を合わせ持ち、価格が200ドルを切る新機種は、半年で9万台を売り上げるヒット作となった。
 顧社長は台湾大を卒業後、政治大大学院でMBAを取得した“エリート”だ。研究の道に残ろうとも考えたが、「象牙の塔にこもっていては実の世界が分からない。自分の学んだ理論が通用するか試したい」と実業界へ飛び込んだ、という。
 顧社長と同様に米国で留学経験を持つなどの優秀な若い人材が次々と事業を起こしていくのが台湾の企業風土だ。特にハイテク分野では大企業とは違う小回りの利く柔軟経営体制を武器に参入するケースが多い。
 この結果、台湾製品の市場占有率はスキャナー、マザーボードで6割以上を占め、ノート型パソコンも27%に達し、情報電子機器の生産高は日米に続き第3位までに成長している。
 ただ、こうした製品の大半はOEM(相手先ブランドによる生産)として流通し、自社ブランドでの販売比率はまだまだ低い。自社ブランドの確立には販売網の整備、広告費用など巨額の資金が必要。資金力の乏しい台湾企業にとって「メイド・イン・タイワン」のイメージを向上させていく努力が今後、求められる課題となりそうだ。

 海外移転の動き強まる
 中国での投資活動がクローズアップされるが、台湾企業の他のアジア諸国への投資も確実に増加している。台湾当局がリスク分散の観点から「南向政策」を推進していることもあるが、それ以上に人件費の高騰なとがら企業側も日本と同じように海外移転を迫られていることが最大の要因だ。既にベトナムへの投資額は世界トップ、マレーシアやフィリピンでも軒並み上位の投資額となっている。
 大手モニターメーカー、美格科技(MAG)は数年前から15インチの小型モニターの製造拠点をインドネシアに移転した。さらに、人事関連の女性スタッフは「本社工場の1400人の従業員のうち、165人はフィリピンなどからの外国人労働者」と話す。
 人件費、土地代の上昇、そして環境規制が年々厳しくなる中、台湾は次第に製造業が生きにくい地域となっている。現地邦銀幹部は「ニッチ分野や低価格路線で強みを発揮してきた台湾産業界はより技術付加価値を高めることで活路を見い出さなければならない時代を迎えている」と指摘している。

 下請け基地化を懸念
 首都、台北市内から高速道路で1時間半の新竹科学工業園区。380ヘクタールの敷地に約百五十のハイテク関連企業の最新鋭工場が整然と立ち並ぶ。急成長する台湾の電子、電機産業を支える一大拠点として、内外から注目を集めている。
 現在、この地区では半導体増設計画がめじろ押しとなっている。国内2位の半導体メーカー、聯華電子(UMC)は昨年、同園内に8インチ、シリコンウエハー対応の半導体工場の稼動を開始した。さらに、今年秋、来年と次々と新しラインが立ち上げる予定。この結果、98年には工場の月産生産能力はウエハー換算で10万枚となり、4倍に跳ね上がる。
 UMC経営企画室の張源涼氏は「(各社の半導体増産で)一時的に市況が低迷する可能性はあるが、長期的には需要は根強い。他社との(シェア)競争に負けないためにも拡大投資を続ける」と強気。その上で、2000年までは生産ライン増設を継続する意向を示す。
 同園区管理局によると、昨年は半導体関連で2000億円以上の投資が行われ、今後2年間で約20の半導体工場が設置される見通しだ。増設ラッシュの背景には半導体の国内自給率の低さがある。
 「パソコン王国」の地位を築き上げた台湾だが、製品に必要な半導体の自給率はわずか16%。このほか、液晶やCPUなど高度な技術の必要部分は海外からの調達に頼らざるを得ない構図となっている。このため、対日貿易赤字は95年は前年比17.4%増の171億ドルと拡大する一方。ライバル、韓国も財閥の資金力をてこに半導体の大増設を進めている。
 中華民国対外貿易発展協会(CETRA)の黄興国秘書長は「首根っこを抑えられている状態」と表現する。このままでは、技術開発力が向上せず、日米企業へOEM製品を供給する「下請け基地」として定着してしまう懸念が強い。
 鄭又平中興大助教授(国際経済学)は「ハイテク業界は全体で見ればまだ発展の初期段階。技術、資金面などで日本企業に対して期待することは多い」と分析する。台湾ハイテク業界は、さらなる躍進を目指す転換点を迎えている。