環日本海経済の開発拠点として浮上している豆満江(中国名・図椚江)流域を朝鮮民主
主義人民共和国(北朝鮮)側から視察、豆満江流域開発『平壌国際会議』を取材する機会
を得ました。豆満江開発は、北朝鮮、中国、ロシアの国境地帯を国際的に共同開発、香港
のような河口貿易・物流基地にしようとする試みです。今回初めて、日米韓の西側民間人
と中国、ロシア関係者に視察が許されたものです。ベールに包まれたこの地域が将来本当
に開発されるのかその現状と展望を紹介します。
 自由経済貿易地域はまだ原野
 5月初旬の豆満江デルタは湿地帯に点在する灌木にようやく新緑が芽吹き始めていまし
た。後背の伸びやかな丘陵には鉄道と国境線に延びる電刺鉄線以外は視線を遮るものはえ
りません。川幅二百なの豆満江に薄緑色の鉄橋が横たわり、北朝鮮の豆満江駅とロシア側
のハサン駅を四本の線路がつないでいました。
 豆満江駅は首都、平壌から700キロ。約20時間の汽車の旅でした。朝鮮半島の最北の駅
であると同時に、ユーラシア大陸への入口でもあります。この国境の駅を通過するのは貨
物便を含めて1日12本の列車だということですが、牧歌的風景を眺めているとかつてソ連と経済的交流の動脈を果たしていたという説明には一概にうなずけない感じもしました。しかし豆満江開発は、北朝鮮経済をかつての社会主義諸国だけとの関係から日本や韓国などアジア諸国との関係強化へ転換する象徴的地点となっているのです。李聖ピル駅長は「この鉄道はロシアを経由して西ヨーロッパともつながっている」と顔を紅潮させていました。
 実はこの豆満江から海づたいに南約40キロに先鋒(旧雄基)、羅津という港湾があり、さらに100キロ行くと港湾都市・清津があります。戦前には日本から旧満州への上陸地点のひとつだったところで日本人も多く住んでいました。先鋒は原油輸入港で、原野の中に20万kwの火力発電所と石油精製基地があり、清津は50万人ほどの人口を抱える製鉄、石油化学など重化学工業都市でもあります。しかし清津を除けば特区内は貧しい海沿いの農村地帯というのが正直なところです。
 北朝鮮政府は昨年末、この地域一帯を『自由経済貿易地域』に指定しました。中国流にいえば資本主義をかたくなに拒否し続けてきた北朝鮮にも特区第一号が誕生したということです。中国広東省の深セン市経済特区をモデルに『世界中のどこの特区よりも投資に有利な仕組みを作る』と政府関係者は胸を張っています。
 国際会議で北朝鮮対外経済協力委員会は42億ドル(約5000億円)かけて特区内のインフラ整備をするビッグプロジェクトを説明しました。三つの港湾の取扱量を10倍の年間一億トンに拡充、中国、ロシア国境をつなぐ環状の鉄道、道路を整備することになっています。この中には国際空港の建設も含まれていました。
 しかし問題はこれからなのです。特区内には古ぼけた港湾と鉄道があるだけで、企業誘致のための工業団地はおろか道路、通信など基本的施設の整備は一切進んでいないのが現状なのです。平壌での「国際会議」では外資導入のための税制など経済関連の法制度も現在整備中。今年後半には発表できる」としていましたが、これまで資本主義の導入にまったく経験がないだけに時間がかかりそうです。中国でさえ10年以上かかってもそうした環境整備が十分とはいえない状況なのですから。
 当面は現在ある港湾や鉄道を活用して中国やロシアとの中継貿易に力を入れることしかないというのが視察団に参加した多くの人々の印象でした。ロシアから清津まではロシアの広軌鉄道が引かれていますし、中国東北地方の穀物を輸出するための設備は一応整っているからです。
 意欲を示した韓国代表
 今回の視察で特徴的だったのは北朝鮮が経済的開放に向けて驚くべき変化を示したことでした。金達玄副総理は「社会主義国はあと二、三しか残っていない。社会主義の市場がなくなってしまってもはや北朝鮮の物資を社会主義国に輸出することも、原油や資源を輸入することもてきなくなった」と同国が抱える経済的苦悩をあまりもに率直に披瀝しました。
 朝日友好親善協会の幹部も「平壌のきれいな部分だけでなく貧しい農村もみてもらいたい」と言っていました。これまで金日成首席礼讃と外国人向けを意識したマスゲームなど数々の演出にへきえきしていた西側ジャーナリストにはこうした北朝鮮の幹部の肉声は新鮮に響きました。
 北朝鮮の姿をありのまま見せようとする姿勢は特に韓国人の共感を呼んだようです。18人もの韓国経済人が一度に北朝鮮に足を踏み入れたのは今回が初めて。それぞれが個人ルートで参加を申し込んだということでしたが、貿易から港湾、建築、環境、法律までそれぞれの専門家が一同にそろったのは決して偶然ではないような気がしました。
 「国際会議」でも韓国メンバーの積極発言が目立ちました。投資環境の未整備を問題視する日本側や同じ豆満江でも自国側の開発を優先するため北朝鮮の特区開発に冷淡だった中国、ロシアとは対照的に『北朝鮮の労働力は訓練されたうえに賃金も安い』と投資メリットを強調したり、『中国の改革開放で果たした華僑の役割を北朝鮮で韓国が果たすべきだ』としきりに血縁関係を訴える考え方も示されました。
 会議でのやりとりを聞いていますと、政治対立を乗り越えられず実りのない話し合いが続いている南北首脳会談とはまったく次元の違うエール交換が行われているという状況なのです。
 朝鮮民族の血のつながり
 韓国企業は80年代後半に多発した労働争議や賃金の急上昇をきっかけに。安い労働力を求めて山東半島など中国沿岸部に進出しました。香港やアメリカに現地法人を作って進出したのですが、国交もなく非合法な経済活動だったといえましょう。最近では北朝鮮の北側の中国吉林省の延辺朝鮮族自治区への中小企業の投資が盛んになっています。
 決して投資環境がいいとはいえませんが、同じ言葉や習慣を持ついわゆる「民族の血のつながり」がこうした投資行動に走らせたといわれています。
 豆満江の名は、この川が霊峰白頭山を水源にするだけに朝鮮民族には特別の響きを持っているといっていいでしょう。豆満江開発のキーパーソンの一人であるアメリカ・ハワイにある東西センター副理事長の超利済氏は豆満江の岸辺に立って『豆満江を対立の川から平和と経済協力の象徴にしたい』とつぶやいていました。
 北朝鮮が西側世界に受け入れられるまでには。核査察問題や対外債務の未払い問題など解決すべき政治的、経済的課題が少なくないのが現状ですが、北朝鮮が経済的危機の瀬戸際に立たされ、固い社会主義の殼を割って西側に経済を開放するというサインを送り始めたことは確かです。