最近のN I ES展望 1990.1.12

〔韓国〕88年までは順調に高度成長、貿易収支改善が進んだが、ここへきてウォン高、米国からの市場開放要求という外圧と、労働運動、賃金の高騰という内部からの突き上げでさしもの成長トレントも鈍っている。だからといって経済的に停滞しているとか経済的失敗があったとみるべきではなく、賃金の高騰がもたらした旺盛な国民の購買力に支えられて内需中心に比較的順調な成長を続けている。
①消費ブーム―ロッテが建設したソウルのロッテ・ワールドはショッピングやレジャー客を集めた新しい形のショッピング・センターとして注目を集めている。当地では韓国版ディズニーランドと称している。特に乗用車の国内売上はこの二年で倍々ゲーム。
②海外旅行ブームー89年1月すべての海外渡航制限を解除、89年は韓国にとって海外旅行元年といってもよい。88年設立された韓国第二の航空会社「アシアナ」は早くも今年からソウルー成田航路を開設、海外進出に乗り出す。
③労使問題一争点は民主化と賃金。国内企業だけでなく、スミダ電機など日系企業の韓国撤退をめぐって摩擦を引き起こしている。
④東欧外交の活発化-88年は対中接近に成功、その後はソ連・東欧に接近、ハンガリーなどと国交を開いただけでなく、事実上、領事業務を行う貿易事務所の開設も進んでいる。
⑤ソウルの上地対策-300平方m以上の土地所有を制限、地価高騰防止を図っている。日本の土地政策の遅れと対象的に早め早めに対策をとっている。平均的大企業のサラリーマンを日韓で比較すると職住間の距離、居住面積どれをとっても韓国人の方が良い環境にある。土地問題を抱えているかぎり世界一のGNPなどはサラリーマンにとって何のメリットもないことが分かる。

〔台湾〕台湾は韓国に一歩先んじた形で消費ブームを起こしている。産業全体が韓国のように重化学工業に重点を置いているとはいえず、どちらかといえば、日欧米企業からのOEM(相手先ブランド)生産を中心に発展してきた。このため技術的蓄積は比較的小さいのが弱点。しかし、米国のシリコンバレーの技術者のの大部分が台湾人といわれるほど有能な人材を『米国に蓄えている』。
 台湾経済をみる場合、忘れてはならないのが華僑との関連。米国で成功した華僑はもちろん、東南アジアの華僑や中国にいる親族との経済交流が活発化している。彼らにはどこへいっても中国語をしゃべる人々かおり、言葉の問題はほとんどない。また、彼らの資金は香港を中心に先進国にも多く蓄積されており、国境のない動きをすることも頭にいれておく必要がある。
①シリコンバレーからの技術者帰国が急増している。
②消費ブーム一国内生産能力の限界と外貨減らしから外車の輸人が急増している。町のディーラーの看板をみればすぐ分かる。
③国内の人手不足から台湾に人材を求める日本企業も出てきている。例えばセイコー・エプソンは台湾の新聞に求人広告を出している。東アジア経済の発展に伴い、90年代はヒト(労働力)のボーダーレス化か進むものとみられる。教育水準の高い台湾は日本企業の草刈り場となる可能性もある。
④公害反対運動一南部の高雄市の石油コンビナートでは、88年地域住民の激しい公害反対運動に会い、デモ隊によってコンビナート内の計器類が破壊されるという事件があり、台湾プラスチックの会長は89年初め『国内にこれ以上石油コンビナートを建設しない』と約束した。しかし、石油化学は産業の基礎であるばかりでなく、これからの新素材開発を左右する重要な産業分野。台湾がこの分野で成長を止めることになれば、台湾経済全体に成長力に多大な影響を与えかねない。
⑤中国からの経済難民問題一建設労働者を中心に台湾でも労働力不

足が社会問題化している。また、経済のソフト化は台湾にも及んでおり、ダーティーワークに若者がつきだからないのは日本と同じ。日本より深刻か。
⑥日本の金融機関の進出-いまのことろ中国に配慮して、第一勧業銀行しか視点を持っていないが、各社とも台北に“駐在員事務所”を持っているのは公然の秘密。台湾政府は米国の圧力で金融の自由化を進めており、証券会社は早くも台湾資本に参加を始めている。日本の金融機関の進出に現地資本は戦々恐々としている。
〔香 港〕中国の保守化で89年は成長が鈍化した。80年代の香港経済を一口でいえば、香港製造業の中国進出という言葉で表せる。中国の改革開放経済の進展によって、これまで香港経済に不足していた土地と労働力という二大要素が陸伝いに与えられた。言語、習慣を同じくする広東省はもはや香港経済の『庭』と化している。広東省に進出している香港系企業は5000とも8000ともいわれており、天安門事件以降も順調に生産活動を進めている。
 もはや香港経済は、隣の経済特別区の深せん市や珠河デルタを抜きには語れない。産業、通信、運輸、通貨などの面でそれほど一体化が進んでいる。
①香港からの移民の増加-『移民』という雑誌の刊行。97年を控えて第二次ブームを生んでいる。バンクーバーには中国人街ならぬ香港人街まで形成されている。これが隣接する日本人街よりきれいらしく、香港の財力を物語っている。(香港政庁・移民局)
②日本企業の進出は中小企業や地方銀行がラッシュ。大手では生保も。日本企業は、香港は97年以降もアジアの金融拠点として生き残るとみているのか、あるいはタッスク・ヘイブンとして有利な拠点として映るのか。
③日本語ブームー中小企業や地方銀行などほとんど国際化が進んでいない企業が進出すると日本語をあやつれるビジネスマンの需要が急増する。日本語をしゃべれると高い賃金がもらえるため香港の若い層に日本語ブームが起きている。このため日本語学校が乱立、日本からもテンポラリーセンターなどが進出、日本語教育を企業化している。(小生の考えでは、アジアでの日本経済の存在が今後とも大きくなり、日本語がビジネス語として通用するようになるのではないか)。
④ヤオハンの香港市場上場-88年9月日本企業としては初めて香港証券取引所に上場、89年には本社まで香港に移転してしまった。いまのところ異色企業と言えなくもないが、規制でがんじからめになった日本と比べると香港は『完全な自己責任型自由経済』。土地が高いといっても東京の比ではないし、自由な競争を求める日本企業がヤオハンに次いで香港に進出する可能性は大。
⑤今年、英国のケーブル&ワイヤーレス、中国(確かCITIC)と香港の財閥(トン・グループかりーカーシー・グループ)が共同で放送衛星を打ち上げる。これは東南アジアをも射程圏に入れた広域放送を目指しており、これが打ち上げられると、中国南部、台湾、香港、東南アジアを含めた一大経済・文化圏(東シナ海経済圏)ができる可能性がある。
⑥香港も日本同様、労働力が極端に逼迫している。メイドとしてフィリピンから多くの女性が働きにきている。ベトナム難民問題では、強制送還を決めているが、外国人労働力を必要としていることは確実で、労働力の選別をしているような感じを受ける。
日本での取材先
▽香港政庁工業署
▽香港政庁貿易署
▽香港上海銀行
▽丸紅(香港に一番強い商社)
▽香港と広東省を連携させた生産活動をしている日本企業(セイコーエプソン、マブチ、ユニデン、三洋電機など。丸紅は香港の電子メーカーに出資、中国でTV生産をしている)
▽香港のハイテク三羽がらすといわれるのが、ルックス、

〔タイ〕88年からの外国企業の進出ラッシュで、経済は急角度で上昇中。あまりに急激な増加でタイ政府も進出企業の選別を始めている。例えば、公害企業はお断り。バンコク東部に新しい工業団地を建設中だが、そこもほとんど予約済み。特に日本と台湾企業の進出が多く、地価の高騰が社会問題化している。
①海岸地帯の農村部で盛んなのが、日本企業との合弁による『エビ養殖』。しかし、これも海岸部のマングローブ破壊に繋がるとして環境面から批判が出ている。これはインドネシアでも同様。
②地価高騰-
③公害問題一自動車が増えすぎバンコク市内のラッシュは昼となく夜となく続く。大気汚染も社会問題だ。
④タイ経済の課題は、バンコクへの過度の集中。地方の開発も進めているが、外資企業はなかなか進出しない。バンコクの反映と対象的なのが、農層部の貧困。日本への出稼ぎはほとんど農村部から。

〔シンガポール〕シンガポールの経済の歴史は中継貿易基地一労働集約型産業の誘致-ハイテク化一金融センターと地域開発センター化。金融面では米国で進められている金融の自由化を一早く導入、東京に先駆けて先物取り引きなどを充実化してきた。開発センター化は研究開発型産業の誘致で日本企業もかなり現地法人の産業構造を変えてきている。同国の政策としては、自国企業の育成よりも『軒貸し』で稼いでいる。このためGNPに占める外国資本の比率が著しく高い。
 問題はハイテク化を求めるあまり、賃金を高くしすぎたことと、教育に力を入れすぎてブルーカラーがいないこと。ここも香港と同様、後背地としてマレーシア南部を位置づけている。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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