三菱油化Yuka Now 1989年12月

共同通信社経済部記者伴武澄
 新興工業国・地域(NIES)の話題がこのところ日本のマスコミからすっかり姿を消した。東欧での変化かあまりにも劇的。ドラマチックに進展しているためであって、N IES経済に陰りか差しているわけではない。
  B7、88年の成長が10%を越す超ハイスピードだっただけに減速か目立つか、依然5%から10%の成長を維持している。他の地域から比較すれば、まだまだ高い成長トレンドにあり経済の変貌ぶりは目覚ましい。
 第二の“日本”に成長したN I ES諸国は、通貨高、賃金高騰といった共通の悩みを抱え、輸出競争力に関してはタイヤマレーシアなどASEAN諸国に完全に追い越された。しかも韓国では労働争議か激化、台湾は民主化に伴う公害問題も浮上、また香港でも頼みとする中国の経済開放政策に陰りがみえており、個別問題でも新たな課題に直面している。にもかかわらず、経済が好調を維持しているのは内需の拡大が大きく貢献しているからだ。たとえば韓国の輸出の象徴的存在だった乗用車輸出はマイナスに転じたか、国内販売が好調で全体としては昨年の生産台数を上回ることが確実視されている。
 賃金の大幅上昇に加えて、株高、土地高を背景とした大型消費ブームの到来を見逃しては現在のN I ESは語れない。ショッピングアーケードのディスプレイや郊外レストランでの食事風景を見るかぎり、もはやN I ESの活況ぷり、華やかさは先進国を凌ぐものかある、といってもよい。

 N I ESの国民にとっての関心事は車であり、海外旅行であり、よりよい住まいへと移りつつある。台湾では外貨減らし策とも相まっで外車輸入が急増、福特(フォード)、賓士(ベンツ)といった看板が街に目立つようになった。88年1月から海外渡航の完全自由化を実施した韓国から日本への観光客も倍増、すっと一位の座を占めていた米国を完全に抜いてしまった。
 実力をつけたN I ES系企業による米国企業のM&Aも活発化している。日本企業による買収に比べればまだ金額、件数とも比較にならないが、対米工場進出のためエレクトロニクスや食品を中心に数億ドルクラスの買収がいくつもみられ、米国の金融、産業界を驚かせている。
 この5年間のN I ES経済の変化は三段階に分けられる。第一ステージは通貨安・原油安・金利安の三大メリットを生かした生産拡大、輸出増大の時期。第二ステージは欧米からの貿易不均衡の是正要求、通貨高、賃金高騰に悩まされた時期。そして株式ブーム、消費ブームを背景とした内需拡大の第三ステージ。日本が20年近くかけて発展してきた過程を短時間で走り抜けてきたといってもよい。いまや企業と国民の富の蓄積の段階に入り、海外投資や資産買収にも積極的姿勢を示す新たな挑戦の時代を迎えようとしている。
ばんたけずみ 1951年高知市生まれ。1977年東京外語大学卒栗。同年4月共同通信社入社。大津、高松支局、大阪支社経済部を経て、1985年より現職。