一人当たり国民所得が昨年、アメリカを抜いて1万9000ドルに達し、世界の最高水準になった日本。シーマ現象といって乗用車をはじめ、高価格・高級商品が売れに売れ、国内景気は
好調を維持しています。
 新聞を読む限り、世の中は豊かになり、お金持ちが多くなっているようにうかがえます。物価は安定しているし、円高で安くなっているものもあります。「クロヨン」といわれ、従来から一番シワ寄せが大きいといわれてきたサラリーマンも、大幅減税で潤いを生じる可能性が生まれてきました。
 そしてさらに私たち日本人は、豊かさを享受するようになるのでしょうか。外国の人たちから見れば、いまでさえ驚くほどの豊かさのなかにある日本なのに。

 海外旅行と円高メリット
「円高の利点は海外へ出て実感できる」ということからか。海外旅行はいまやだけなわ、と
いった観があります。一昨年600万人といわれた海外渡航者は、昨年900万人にまで膨れ上がりました。そのうち100万人を超す人びとが香港に向かいました。いまや香港は、海外旅行を楽しむというより、ほとんど「買い物ツアー」と化しています。
 香港へ行けば、ブランド製品はもとより、イタリアの革製品、イギリスのスーツ、ゴルフ用品など、ありとあらゆる世界の商品が、日本の半分から3分の2の価恪で購入できる。カメラ
やレコードなど、日本から輸出している商品までもが、日本のディスカウント・ショップで買うよりも安いのです。次第に買い物の規模が大きくなって、家を新築した際、家具やカーペットといった大型耐久消費財まで。香港に買い出しに行く人もいるというほどです。
 おまけに香港では、日本への航空運賃も日本で購入する場介の半額といいます。たとえば香港から束京往復は1年間有効のエコノーのキップで3-4万円からあります。1年に1回は香港まで買い物に出かけるというある女性は、「何回も行く人は日本からのバックツアーの帰りの航空券を捨てても、香港で東京との往復のキッブを購入した方が得」といいます。

 教育投資は惜しみなく
 海外旅行・買い物ツアーがブームの一方で、国内では教育費か惜しみなく投入する親が増
え続けています。文部省の調べ(61年度)によると、子ども1人当たりの教育費総額は、公立の場介、小学校で年間約17万8000円。中学校で約21万9000円、高校で約28万4000円となっています。私立の場合は、この倍近くかかります。
 これを10年前の調査とくらべると、この間の消賞者物価指数の伸び率を上回っています。
教育費総額のなかでも著しい増加を示しているのが、家庭教師、学習塾などの家庭教育賞
です。小学校6年生で年間約2万円、中学校三年生は約4万4000円、高校3年生は約2万7000円で、過去9年間に2倍以上の増加となっています。
 昭和62年1月、東海銀行が束京、名古屋、大阪に住み、幼稚園から高校までのいずれかに通う子どもを持つ主婦を対象にして行なった調査によると、子どもの月謝の平均は、小学生で1万円、中学生で約1万6000円、高校生で約2万9000円。教育費を負担に感じてぃる母親は、公立では2人弱に1人ですが、私立では3人に2人となっています。

 家庭からあたたかさが消える
 この二つの現象や数字を読者のみなさんは、どうとらえるでしょうか。「あら、香港ってそんなに安いの、私も行こうかしら……」「教育費ってそうなの、じゃうちの子にはもっと
費用をかけなければ……」となるでしょうか。
 抱えきれないほどの買い物袋を手に、外国の街を闊歩するお母さんたちの姿を、外国の
人たちはどのように見ているのでしょうか。
 いまでも日本の親たちの子どもに対する教育投資の多さに驚いている外国の人たちは、「これでもか」といわんばかりに家庭教育におカネを注ぎ込む親の姿を、どう理解するの
でしょうか。
 お金持ちになり、豊かになったのはだれのおかげでもなく、自らの努力と勤勉さとでな
し得たことであって、とやかくいわれるすじあいのものでない、といいきれるでしょうか。
あふれんばかりの”もの”に囲まれ、”わが子には一流”を目ざさせて頑張らせる。それはそれで、ある種の目標であるかも知れません。しかし、どこかで。”人”をうらやましがらせる行為になってはいないでしょうか。
 外国の人からこんな話を聞かされたことがあります。
 「日本は驚ろくほど豊かだけど、驚ろくほど家庭が冷たい。私の国は貧しいけど家庭にあたたかさかある」
 日本は戦後、国民の勤勉さによって驚異的な復興をとげ、豊かになってきたことは否定で
きません。しかし、このところの「豊かさをちょっと考えてみる時」ではないかと思います。日本だけが豊かになっていいのか、いつまで”私だけ良ければ”でやっていけるのか。ものやおカネの代償として失いつつあるものはないのか。
 だいじなのは、大きく「日本として」というより前に、台所の経済をにぎるお母さんた
ちが、自らの暮らしのなかで。”本当の豊かさ”とは何かを考え、世界にもっと目を向けるこ
とが大切なことのように思えてなりません。
 平成元年のスタートの鍵を握るのは、実はお母さんたちの生活態度にあるのかも知れま
せん。子どもたらが一番身近に見ているのがお母さんなのですから。(Libre)
           共同通信社 伴武澄