財源の裏付けなし減税幅のみ拡大

 昭和62年度税制改正は二転、三転。焦点の所得税減税は1兆5000億円規模にまで水膨れした。7月31日の政府案では1兆円という当初案に3000億円を上乗せした。その後、与野党の折衝で2000億円の国会修正を加えることで合意したためだ。
 結果として減税額の大幅積み増しとなったが、戦後政治の総決算の一環として計画された「直間比率の是正を中心とした税制改革」とは全く姿かたちの違う改正に終わってしまいそうだ。4月の売上税導入の断念に引き続き、総額4兆5000億円という当初示した大減税の全体像も示し得なかったからだ。
 財源としてはマル優(少額貯蓄非課税制度)の改組を実施するが、導入は63年度から。マル優の廃止はそもそも7、8年後に1兆6000億円の税収増を見込んでいるものでとても財源といえるものではない。財テクブームで税収が好調とはいえ、十分な財源対策もなく、国会対策主導で、所得税減税を見切り発車させた政府・自民党の責任は重い。片肺飛行の62年度税制改正のポイントを点検、問題点を探ってみた。

  1兆5000億円の所得税減税

 今回の改正で、現行の所得税の税率10.5%~70%15段階の税率構造を10.5~60%の13段階に簡素化する。最
低税率の適用対象を拡大、年収500万円までの中堅所得者層の税負担を軽減した。これと合わせて住民税の減税も実施するが、前年の所得を基準に課税する仕組みなため、準備作業の関係で63年度からの導入となる。初年度5000億円、64年度からは6600億円規模になる。このほか妻の内助の功に報いるとの配慮で、配偶者特別控除として62年度は16万2500円、63年度はこれに2500円を加算するほか、住民税でも14万円が夫の所得から控除される。
 この結果、夫婦子供2人の標準世帯の減税額は62年度は年収600万円で5万円強、800万円で9万円弱となる。平年度ではそれぞれ、9万6000円、15万1000円。
 利子課税では、マル優、郵貯、特別マル優の300万円の非課税枠を原則として一律20%の源泉分離課税に移す。が、財形貯蓄500万円は現行のまま非課税として残す。マル優の見直しでも野党は「金持ち優遇」として反対したが、所得税の減税額上積みで政治決着した。
 しかし、法人税では、62年3月で期限切れとなった基本税率1.3%上積み廃止による4000億円の減税となっただけ。3年後2兆7000億円の減税という当初案の最終的な姿が示されなかっただけでなく、初年度の減税の見返りとして税率アップされるはずだった配当軽課措置にも手を加えられなかった。また、賞与引当金の廃止も見送られた。
 法人税の減税はそもそも世界一高い水準にある日本の法人税を見直して国際的にも通用する体系にするのが目的だった。法人税減税のためだけの増税は国民の納得を得るのは難しいため当面、法人税の見直し論は遠のきそうだが、このまま日本の高水準の法人税課税が続くなら円高によるコストアップで空洞化が進む国内製造業の海外逃避に拍車がかかるだけに問題は深刻だ。

  禍根を残す税制改革の失敗

 今回の税制改革は、昨年の衆参同時選挙で自民党が衆院で304議席を獲得するという大勝利の勢いを駆って、一気に新型間接税を導入するのが主眼だった。54年、新型間接税導入に失敗した大蔵省にとって自民党の大勝はまさに千載一遇のチャンスだった。
 しかし、この大蔵省の思惑も中曽根首相の「ウソつき発言」で吹っ飛んでしまった。選挙公約で国民に「導入しない」と約束したものを国会で審議するわけにいかない、と野党側が猛反発。4月の岩手県参院補選や全国統一地方選をきっかけに自民党内にも反対論が続出。加えて次期総裁選をめぐる政局がらみでの自民党内の足並みの乱れも手伝って税制改革全体の足を引っぱった。
 まず、4月20日、62年度予算の早期成立と引き替えに売上税が葬られた。5月には税制改革を協議するために衆院に伊東政調会長を座長とする与野党の税制改革協議会が設置された。税制改革全般を協議するという当初の趣旨から外れて、野党側の「減税幅拡大要求の格好の場」と化した。
 野党側は2兆円減税を求める一方で、財源はゆっくり考えればよい、とし、マル優の廃止に反対の立場を取った。協議会では本来の議論であるべき、税制改革の全体像についてはほとんどふれる機会を逸したまま、マル優と所得税減税の上積み幅のみに終始した。
 このままでは税制改革の議論が年度改正の議論にすり変えられそうだったため、大蔵省は、法案には当初案通り4兆5000億円という所得税、法人税減税の最終的な姿を一応描き、次年度以降の実施時期と財源を空白にしておくことで、間接税導入に含みを残した法案作りに入った。自民党内にも 「税制改革なのだから最終的な税体系の姿は描いておくべき」(山中党税調会長)との空気も強かったため、一時はこの方向で法案をまとめることが決まった。
 しかし、総額4兆5000億円という当初案の減税規模はあまりに売上税のイメージが強い。「これでは、野党の反発がいっそう強まり、今回の税制改正全体がふっ飛んでしまう」。結局、自民党は。今回の税制改革を将来の抜本改革につなげていくために、せめてマル優だけでも実現しておきたいという判断を優先、7月29日夜の政府・与党会議で、減税の第一段階のみを示すことで最終決着した。
 今回の税制改正法案では、大型間接税を柱とした本格的な改革に向けた布石をしておきたいとした大蔵省の意図は葬られ、当分は「新型間接税」導入の実現が不可能になったことは間違いない。大蔵省首脳も事実上の敗北を認めている。しかし、150兆円という膨大な国債残高を抱えたまま、高齢化時代を迎え、今後ますます社会保障費の負担増を強いられる財政のひっ迫状態は依然として目の前に横だわっている。「今世紀中に中曽根政権のような強力なりーダーシップをとれる内閣は望めない」(大蔵省首脳)との悲観論も強く、今回の税制改革の失敗は将来に多くの禍根を残しそうだ。