執筆者:伴 武澄【共同通信社経済部】

●業界紙だからうちは書けないんです

流通クラブ担当だった1994年10月初め、食品業界紙の知り合いの女性記者から電話がかかった。相談したいことがあるというので、翌日、同僚記者と近くの喫茶店に出かけた。

「ひどいんです。国税庁は未成年飲酒防止を名目に、お酒に価格破壊に水を掛けようとしているのですよ。この報告書をみて下さい」

差し出された分厚い報告書には中央酒類審議会・新産業行政部会の名が記され、「アルコール飲料の販売の在り方」と題されていた。当時、酒のディスカウントショップが日本全国に広がって「酒を定価で買う」長年の習慣が崩れつつあり、業界は既得権益の崩壊に危機感を高めていた。

「週明けに発表になるんですけど、批判的な立場から書いてもらえませんか。うちは業界紙だからあまり批判めいた記事は書けないんです」。彼女の目は真剣だった。ぱらぱらめくると確かに「未成年の飲酒防止策」がたくさん並んでいた。「対面販売」「自販機の撤廃」「前払いカード自販機の開発」「容器への注意喚起表示の義務化」など酒を自由に買えないよう策がめぐらされていた。

圧巻は「安く大量に手軽に販売すればよいとする在り方は問題が多い」とし、価格破壊を進めていたディスカウントショップやスーパー店頭での「分別陳列」と「レジの分別」を求めた点だった。明らかに新興勢力への嫌がらせである。

彼女が経済部記者であるわれわれにこの報告書を持ってきたのにはもうひとつの理由があった。国税庁記者クラブは社会部記者が中心になっている記者クラブで、ふだんは企業の脱税事犯を追う立場にある。社会部記者は常々社会正義を追う使命に立たされているため、「未成年飲酒防止」などの枕詞がつけば、どうしても「正しい規制」ではないかと考えがちだなのだ。彼女としては「規制緩和に逆行」といった見出しが欲しかったのだ。

当時、多くの経済部記者は、規制でがんじがらめの日本経済に危機感を抱いていた。再生には価格破壊を含めあらゆる規制を撤廃する必要があるとの認識で一致していた。われわれも社会的規制で価格破壊の流れを逆行させてはいけないと判断した。この記事は筆者らの独自ダネとして翌朝、多くの地方紙の一面を飾った。

●背後に業界団体と族議員、国税庁のトライアングル

「アルコール飲料の販売の在り方」という名の報告書をまとめた背後には、酒類販売店の業界組織やそこを支持基盤とする自民党族議員の影があった。幸い、審議会報告はまとまったものの、酒の自販機が街からなくなる事態にはなっていないが、業界組織と族議員そして安定的な酒税収入を確保したい国税庁との「癒着の三角構造」が仕掛けた策だった。

「未成年への酒類販売防止」という誰もが反対できない社会的規制を持ち出して、酒類販売店の既得権を守ろうとする姿勢はあまりにも卑劣だと考えた。彼女の考えもそうだった。「レジを分別せよ」という項目は明らかにスーパーにコストアップを要求したに等しく、「容器への注意喚起表示の義務づけ」は輸入ビールに対する嫌がらせだった。

この社会的規制がうやむやになった理由は、担当が変わったせいもあり追及していない。大蔵省が管轄している業界は金融、証券、保険のほか、酒類とたばこ、塩がある。酒類もたばこも税収は大きい。製品値上げと税率アップを交互に繰り返し、製品に占める税率を一定に保ってきた。両方とも従量制だから安売りしても税収は減らない構造になっているが、製品価格のアップがあって始めて税率をアップできる。ディスカウントショップのおかげで当分の間、酒税は上げられないということだ。