北朝鮮分析に不可欠な多角的視点
執筆者:中野 有【とっとり総研主任研究員】
●報道される飢餓に苦しむ北朝鮮の姿はなかった
先日、中国の琿春で開催された国連工業開発機関(UNIDO)主催の投資フォーラムに、UNIDO東京事務所の団長として参加した。琿春でのフォーラムに参加した後、琿春から80kmの日本海に位置する北朝鮮の羅津先鋒を視察した。羅津先鋒を訪問するのは3年ぶりであったが町の様子や田園風景には注目すべき変化は見られなかった。北朝鮮の図們江の河口にある羅津先鋒は、風光明媚な風景、中国の国境への道には、広大なトウモロコシ畑が広がり、日本のテレビで報道されているような飢餓に苦しむ北朝鮮の姿はなかった。
すべてとは言わないが、多くの日本のマスコミによる北朝鮮の報道は、現在の北朝鮮が秘める明と暗のバランス感覚が欠如していると思われる。事実、北朝鮮は、経済危機と食糧危機に直面しながらも、ミサイルや人工衛星という世界の最先端技術の開発を進めている国である。ここでは北朝鮮という国を知るためにも日本の報道機関が描かない北朝鮮の官僚の姿について触れてみる。
●7年の歳月を忘れさせてくれた出会い
「中野さん覚えていますか」と外交官らしいスマートな物腰のある30代の北朝鮮の紳士が英語で話しかけてきた。すぐには思い出せなかったが見覚えのある顔であった。「7年前、ウイーンで交渉したでしょう」との言葉と同時に懐かしさがこみ上げてきた。私は、当時、ウイーンに本部のあるUNIDOのアジア・太平洋の担当官として、北朝鮮や図們江流域の開発に携わっていた。この北朝鮮の紳士は、かつてウイーンの北朝鮮大使館の一等書記官の金氏であり、私の国連の事務所に頻繁に訪れ、図們江開発等について意見交換したものであった。
私は、その後、国連を去り、日本側から北東アジアの開発に関わったのであるが、金氏は、大使館からUNIDOの投資促進の担当官になったのである。金氏は、UNIDO本部の担当官として、ウイーンから羅津、先鋒に遙々来たのであるが、お互い7年の歳月を忘れさせてくれるぐらいに話が弾んだ。勿論、図們江の開発のみならず北朝鮮のミサイル実験についての話も行った。まさに国連という世界平和という壮大な目的に向かって協議する場に席を置いたということで、日本・北朝鮮という壁を超え超国家的な一体感の下で建設的な話に花が咲いたのである。
●北朝鮮情勢の分析に不可欠な人脈の構築
北朝鮮を出国してから知ったのであるが、なんと金氏の父は、北朝鮮の外務大臣を先月まで務め、現在は金正日国防委員会委員長の側近であり、私があった金氏も将来最も有望な外交官であるそうだ。私は、偶々、UNIDOのオフィサーとして北朝鮮を担当し、国連を通じ北朝鮮の高官との人脈を築くことができたのであるが、今後とも、北東アジアの開発問題に関与するにあたり、この国連の人脈を大事にしていきたい。
日本の北朝鮮ウォッチャーの多く、特に、北朝鮮問題を断片的に分析する者は、北朝鮮の入国がスムーズにできないと聞く。「百聞は一見にしかず」の言葉通り、北朝鮮の現状を知るには現地に赴き、できる限り現地を見ることが重要である。加えて、交渉のできる人脈を構築することでより正確な北朝鮮情勢の分析が可能になると思われる。
国連時代に北朝鮮の高官と接し感じたことは、核疑惑等で国際社会から叩かれるが故に北朝鮮の外交官は鍛えられるということ、また、国家が孤立している場合、外交官が努力する姿に同情が生まれるということである。国連機関、米国政府系シンクタンク、地方政府のシンクタンクにて勤務し、また、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、米国等で十数年生活し多くの人々に接してきたが、国際的な視点で見ても本当に北朝鮮の外交官は優秀だと思う。北東アジアの開発、特に北朝鮮問題を分析する場合、多角的視点による分析、即ち幅広いネットワークを通じ、国連、米国、日本、鳥取等から北朝鮮の動向を包括的に分析することが重要であると思われる。