執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

そろそろ国の借金の国民への付け替えが本格化するだろう。そんな予兆を感じさせる広告が最近目につく。「『特別マル優』の国債です」と名打った金融機関の広告である。
大方の人にとって、「マル優」は記憶の彼方で廃止されてしまった利子非課税制度であるはずだ。1989年に消費税を導入した税制改革で廃止された制度だが、実は「65歳以上の高齢者」だけは特例として廃止されなかった。

マル優は国民一人あたり銀行預金と郵便貯金、国債購入をそれぞれ上限300万円まで非課税枠とする制度だった。つまり4人家族だと一人900万円×4人=3600万円までの貯蓄が非課税ということで、ほとんどの庶民は貯蓄に課税されることはなかった。

この広告は「国債は日本国の発行ですから安全性は抜群です」と高齢者に対して、マル優枠での国債購入を推奨しているのである。「これまで国債の広告など見たことがないのに今ごろなぜ」という疑問が浮上したとしてもおかしくない。金融機関には国債を国民に押しつけなければならないそれなりの理由があるからだ。

●余裕のない財投、日銀、金融機関

国の借金である国債を誰が買っていたのかというテーマについては萬晩報はこれまでたびたび報告してきた。まず財投と日銀、そして郵便貯金。それから金融機関である。国民が保有している国債はほんの数%でしかない。国の機関が国の借金を背負うという矛盾についてはここでは問わない。

まず小渕内閣の借金漬け財政により発行された国債の引受先がなくなったということである。国の財投は郵便貯金を原資にしていて今年から始まる大量償還を前にこれ以上の負担は物理的に不可能であり、日銀にしても資産の半分以上が国債という状況でさらに国債を買えば、日本国の通貨の信用を失う。

残るは金融機関だが、ここ数年は預金の運用先を失い、国債への依存度が増しているという特殊事情はあるものの、これまで大量の国債購入を押しつけられていて飽食気味であることは否定できない。第一、銀行が国債などという世の中で一番利回りの低い商品で資金を運用していたのでは収益力の回復にはほど遠い。

そこで高齢者が登場する。高齢者が弱者なのは身体的だけで、資産的に一番余裕がある世代であることは統計上でも明らかになっている。満期を迎えた郵便貯金の預け換えはぜひ「国債」にというわけである。

●日本の国債に安全神話はない

だがそうは問屋が下ろすまい。「非課税だ」といっても1%にも満たない利率の金融商品に魅力があるわけがない。満期が来る10年前の郵便貯金の金利は7%だとか8%もあったのだから当然だ。さらに「安全性」にも問題がある。利回りが確定しているのは満期まで持った場合の話でしかない。

途中で換金する場合、市場の需給関係で額面割れという悲劇だって起こりうる。というよりもこれだけの大量発行が続き、銀行も買いたくないような情勢であれば、国債価格の暴落は必至と考える方が正常な神経であろう。

言い忘れたが、かつては日本の国債は世界的にも信頼性が高く、アラブのオイルマネーが買っていた時代もあった。だが、いまはどこの国も日本の国債を買おうとしない。そんな国債を国民が買わせられる時代がそこまでやってきている。

日本の国債で安全神話を語るのはもはや詐欺的行為である。高齢者の方はくれぐれもマル優などという亡霊に惑わされないよう!