憎しみが再燃するパレスチナから届く歌声
執筆者:松島 弘【萬晩報通信員】
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「歌」歌いたいんだ、夜明けの星に
ブルカーシュで見かけた可愛い女に
水に踊るランタンの灯に 胸にしまった甘い言葉に
四十の階段のあるお屋敷に 茶屋にスカーフに水煙菅
ダイナマイトと労働者たちとの哄笑に
頭を垂れない谷に山が頭を垂れる時
槌と鉄床のダンスに 畑の農民の喜びに
歌いたいんだ、息子に
でも、俺が歌う時はまだ来ない・・・
パレスチナのバンド「サーブリーン」の3枚目のCDが到着した。
カーヌーン、ウード、カワル(笛)等のアラブの伝統楽器に、
バイオリン、チェロ、コントラバスが絶妙にからむ。
今までに増して、多彩なアラブの打楽器が使われ、おもしろい効果を
あげている。すばらしいアンサンブルだ。
その上に、一言一言の言葉を噛み締めるように歌う、
カミリア・ジュブラーン嬢の声が、しなやかに紡ぐ。
歌がまたしても、うまくなっている。
アルバム・タイトルは「Ala Fein(何処へ)」
前作「ヒア・カム・ザ・ダブズ」より6年、前作で聴かれた
ポップ色は後退したが、燻し銀のような音世界は、むしろ今の
空気感にあっているように思われる。
安らぎを奪われたパレスチナから届く、安らかな音楽。
もちろん、果てしないポジティブさから生まれた、硬い意志を持つ安らかさだ。
1枚目のCD「預言者の死」を日本でリリースし、彼らを日本に
招いてコンサートを開いた1992年から、もう9年もの月日が流れてしまった。
この際の感動的ないきさつは、1998年に「萬晩報」に発表した
「パレスチナのサブリーンとの心の出会い」に詳しいので、ぜひお読みいただきた
い。
当時はイスラエルのラビン首相とPLOのアラファト議長との間に
「オスロ合意」も交わされる前だった。
その後は、あたかも「スターウォーズ」でも観ているかのような、めまぐるしい紆余
曲折。
そして今、リクード党首シャロンによる連立政権が発足して、「オスロ合意」
そのものも、白紙に戻ってしまったかのように見える。
思えば、サーブリーンはいつも、パレスチナに生きる誇りを持って、
生活実感に根ざして、映画や舞踊のための音楽を作曲し、自らの作品も
コンスタントに発表し、海外のアーティストとも積極的に共演してきた。
パレスチナのようなきびしい現実にあってこそ、アートは人々を
力づけることを十分理解していた。そんな彼らだから、自分たちの
録音スタジオを、子供たちの音楽教育の場としても開放していたのだ。
昨年9月下旬から始まった、パレスチナとイスラエルとの紛争の
ニュースを聞くにつけ、いつも思っていた。
「彼らのスタジオは無事なのだろうか?いや、彼らは無事なのだろうか・・」
そして、無事の知らせは届いた。さらに、それだけではなかった。
サーブリーンは「ある子供の証」という趣意書を届けてきた。
それは、紛争が続くため精神的に疲弊した子供たちのために、
アートや音楽を通してセラピーとしてのワークショップを展開する
というもので、「音楽とアートを活用したリクリエーションによる
支援プログラム」と言えるものであった。
この趣意書の全訳が下記のHPに載っている。
92年にサーブリーンを招いたスタッフの一人、岡田氏がたちあげたページだ。
http://homepage2.nifty.com/tokada/sabreen/sab-top.html
そこには、パレスチナの子供たちが置かれた状況について以下のように書かれている。
「子供たちの個人的なアイデンティティは、伝統と自衛の強大な文化の中に
飲み込まれてしまっている。敵意に満ちた環境の中でのこうした社会的価値観が、
子供の精神の上におおいかぶさっているのだ。こうした状況に対抗できない
子供たちは内側に引きこもり、抑圧と孤立へと追いやられることになる。
これらの、子供たちへの影響は、たとえ直ちに訪れるものではないとしても、
それが取り返しのつかないものとなる危険性は高い。」
私は、世界中のあらゆる紛争のニュースを聞くたびに、
精神的に抑圧される子供たちはどうなるのだろうと思ってきた。
それに対する具体的な対処プランを、私は初めて読んだ。
もちろん、各地でもこのような取り組みはあったのであろう。
しかし、ここまでよく練られた趣意書は、世界の同様な事態にも
十分な手引きになるのではないか。
それにしても、この計画書の綿密さはどうだ。ワークショップ実行にあたって
予想されることがら全てに、実に具体的にまとめあげられている。
すばらしいのは、ワークショップにアシスタントとして参加した人は、
自らリーダーとして、別の地域でワークショップを実行できるよう、
スタッフたちの事も指導できるよう組まれているところだ。
プロジェクトはすでに昨年10月からスタートしている。
サーブリーンのメンバーが中心となって、今も着々と進行しているはずである。
あらためて彼らの新譜「Ala Fein(何処へ)」を聴き返す。すばらしい。
サーブリーンは、アラブの伝統楽器を使って、まさに今のパレスチナの
音楽を生み出し続けている。ウードで、カーヌーンで、アラビア口語で
歌うのが、彼らの新しさにぴったりと合っているのだ。
音は、ドラマティックで、スリリングで、繊細で、おおらかで、
したたかに美しい。
歌は、語るように、つぶやくように、ささやくように、
「言葉」の意味と美しさを噛み締めて、歌われる。
サーブリーンは6ヶ月におよぶ紛争をどのように見つめて来たのだろうか?
もしや、友人を失ったりしたのだろうか。冷静に中東和平を志していた
人々が怒りにかられて、自暴自棄になるさまを見たのだろうか?
しかし、ひとつ確実なのは、彼らは何が起こっても、あきらめの
気持ちを持つことはなかったということだ。
彼らは、音楽が実際に人々を勇気付けるのを、見届けてきた人たちだ。
いかなる困難な状況でも、ポジティブさを失わず、活動を続ける
サーブリーンを、私は知ることができて良かったと思う。
「剣」剣を抜いて歌うがいい
その歌はお前に似合う
剣の上には
クーフィー書体で刻まれた文字
「恋をした」と書いてある
残りの文字はかすれてしまった (山本薫 訳)
※岡田氏らが、新譜「Ala Fein(何処へ)」を日本で発売できるよう努力している
真っ最中です。私も早く、皆さんの耳にお届けしたいと思ってます。
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松島弘 kutaja@parkcity.ne.jp