執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】

■ブッシュ政権の新エネルギー政策

ホワイトハウスは、5月16日に包括的エネルギー政策の概要を発表した。発電所や石油精製施設、パイプラインなどの新設を掲げ、自然保護区での石油・天然ガスの採掘解禁や、原子力の利用拡大を提言している。この新政策は、チェイニー副大統領らの作業部会がまとめたものだ。

作業部会の報告は、エネルギー需給の不均衡により、1970年代の石油危機以来、最も深刻なエネルギー不足に直面していると指摘し、安全保障の観点からも、さまざまな規制緩和で米国内の生産・精製能力を高め、エネルギーの海外依存度を下げる必要性を強調している。

特に原子力発電については、20年来の政策を転換させ、1979年のスリーマイル島原発事故以来、凍結されてきた原子力発電所の新設を提言し、設計・立地などに関する承認手続きを簡素化する方針が盛り込まれた。

ブッシュ米大統領は、発表する際に、「対応を怠れば、より広い範囲にわたる停電に直面することになる」と語り、半ば脅しに近い表現で協力を呼びかける。

5月22日にはチェイニー副大統領が、主要原子炉メーカーや電力会社が加盟する業界団体である原子力エネルギー協会の年次総会で講演し、新型原子炉の早期承認をめざす方針を表明する。そして、リンゼー米大統領補佐官も新エネルギー政策について、向こう20年間、発電所を毎週1カ所新設する必要があるとの認識を示した。

■国内外の反応

このブッシュ政権の新エネルギー政策は、すこぶる評判が良くないようだ。野党・民主党のダシェル上院院内総務は、記者会見で「米国民が直面するガソリン価格高騰などの現在の問題の解決策がなく、環境をも危険にさらすものだ」と強く批判した。下院でもゲッパート院内総務が、「まるでエクソンモービルの年次報告書のような計画だ」とセンスの良さを見せつけた。

カーター元大統領は、ワシントン・ポストで「Misinformation and Scare Tactics (誤まった情報伝達と脅し戦略)」と題した記事を掲載し、1973年と1979年に直面したエネルギー危機と現在の危機は異なるものであり、バランスのとれた議論の継続を訴えている。

ニューヨーク・タイムズは、「Nuclear Power Gains in Status AfterLobbying(原子力発電はロビー活動によってステータスを勝ち取った)」とする記事を掲載する。この中で放射性廃棄物処理問題と経済性の面で疑問を投げかけている。また英エコノミストでも同様の指摘がなされ、自由化は、新たな原子力プラントの真の経済性をさらけだし、現実に引き戻されるだろうと締め括っている。

そうした中、土台をも揺るがしかねないブッシュ政権のメルトダウンが始まった。

■マベリック登場

どこかの国のように、共和党は「離党を思いとどまれば幹部級ポストを用意する」などと最後の説得を試みていたが、ジェームズ・ジェフォーズ上院議員は、5月24日地元バーモント州バーリントンで記者会見し、共和党を離党すると共に無所属議員として活動すると表明した。この結果、上院の勢力図は50対49で民主党が多数派を占めることになる。

ジェフォーズ上院議員の決断は、報道によるとブッシュ政権の教育支出が少ないことや環境を軽視する原発優位のエネルギー政策、ミサイル防衛重視の国防政策に批判的だったためのようだ。全国的にみても無名の議員に近く、特定の企業との関係も見いだせない地味な存在であった。

民主党のダシェル上院院内総務は記者会見で、「50対49対1というのは米国史上初めての事態だ。こうした勢力図の変化があっても、道理・主義に基づいた歩み寄りの精神が必要なことには変化はない」と述べ、揺さぶりをかける。

上院で民主党が優位に立つことは、社会保障・年金改革、教育制度改革、連邦裁判官の任命、そして環境・エネルギー開発政策など共和、民主両党の立場が大きく異なる立法課題を数多く抱えるブッシュ政権にとって大打撃となる。

英エコノミストも今回の事件を「上院での不意の一撃」と称し、ブッシュ政権を劇的に弱体化させる可能性を指摘している。

さて民主党も、独自のエネルギー政策をまとめており、ブッシュ政権が打ち出した新エネルギー政策も議会での激しい論戦に巻き込まれることになる。そして、京都議定書離脱問題へと波及することになるだろう。

■押しよせるふたつの大波

ブッシュ政権の新エネルギー政策で打ち出された原子力発電見直しは、日本の原子力政策との連携も視野に入れたものである。5月18日、電気事業連合会の太田宏次会長は、「限りがある石油や天然ガスの使用量を減らすべきだと認識を改めた結果だろう」と述べ、新エネルギー政策を歓迎すると伝えた。

今年に入って方針変更かと思われた読売新聞も5月18日付け社説で取り上げる。「米原発再開-流れを変える新エネルギー政策」にて「先進国の原発は、稼働率の向上と寿命の延長で発電コストが大幅に低下した。石油価格の急激な高騰もあって、原発の競争力は以前より高まっている。」とし「原発の弱みは、使用済み核燃料の処理問題だ。この懸案に抜本的な解決策を提示できれば、国際世論の変化も加速するに違いない。」とした上で、「『安全性を重視しつつ着実に開発する』を基本としてきた日本には歓迎できる政策変更である。」と結んでいる。

確かに日本の電力会社は非常に厳しい状況にある。5月27日のNHKニュースによれば、電力会社10社は今年度1年間で7000千億円の負債を削減する計画が報道された。10社の負債合計は今年3月末時点で28兆7000億円余りとなっている。

またこの新エネルギー政策では、省エネ車の販売台数を増やすために総額40億ドルの税優遇措置を提案しており、プリウスやインサイトをすでに米国内で発売している日本の自動車メーカーへの配慮も見逃せない。特にトヨタへの熱い視線の先には、2002年の中間選挙に向けたしたたかさが読みとれる。

このアメリカの日本への歩み寄りにはわけがある。もうひとつの大波が怒濤のごとく日本へと押しよせてきているからである。

前回コラムで予測したとおり、地球温暖化防止会議のプロンク議長(オランダ環境相)が、5月20日急遽来日する。川口環境相は、京都議定書不支持を表明している米国を含めた形での合意を目指すことが重要だと改めて主張し、「欧州連合(EU)の柔軟性が非常に重要だ」と述べ、米国を含む枠組みづくりのためにEU側の譲歩の必要性を指摘した。この時、川口環境相は会談後に会見し、「プロンク議長から、議長が話した内容は外部に漏らさないことを求められたため、議長からどんな提案があったかは言えない」と話した。おそらくこの時から京都議定書が不死鳥のごとく生き返ったようだ。

プロンク議長(オランダ環境相)は帰国後すぐに、日本が排出削減目標を達成しやすくなる仕組みを盛り込んだ譲歩案を2週間以内に関係国に提示する方針を決める。すなわち対日譲歩を原則受け入れる意向を示した。

日本は議定書で2008年から2012年までに温暖化ガスの排出量を1990年に比べ6%減らすことを公約したが、そのうち3.7%は森林吸収でまかなう計画であった。これに対して、これまでの議論では0.6%分までしか認められていなかった。新提案では森林吸収の範囲を大幅に拡大することになる。

これまで厳しい姿勢を続けてきたEUもプロンク議長に「喜んで日本に配慮する」との意向を伝えたとされ、京都議定書発効に向けて大きく前進することになる。

川口環境相は、次に経済界への協力を呼びかける。これは、一貫して京都議定書支持を打ち出してきた日本経済新聞の5月25日朝刊で掲載される。

「環境省は、国内の2010年度時点の温暖化ガス排出量を、1990年度比で6.4%減らせる『=減らすことができる(筆者)』とする調査をまとめた。全国の都道府県の温暖化ガス削減計画を集計した結果で、京都議定書で定められた削減目標を達成できる内容。経済界の一部に温暖化ガスの削減に対し異論は強いが、この調査を基に実現が困難でない点を強調、協力を呼び掛ける。」

そしてその日の午後に行われたアジア欧州会議(ASEM)の第三回外相会合で、地球温暖化防止のための「京都議定書」の重要性を強調することなどを

盛り込んだ議長声明を採択し閉幕した。

このASEMは、田中真紀子外相のデビューとなったことで話題を集めたが、田中外相も「米国が議定書を締結することが極めて重要」と訴えた。なお、ASEMの参加国は、アジア側がブルネイ、中国、インドネシア、日本、韓国、マレイシア、フィリピン、シンガポール、タイ、べトナムで、欧州側は、ベルギー、デンマーク、ドイツ、ギリシャ、スペイン、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、オーストリア、ポルトガル、フィンランド、スウェーデン、イギリス、欧州委員会となっている。

■もうひとりのマベリックへの期待

米国風力エネルギー協会(American Wind Energy Association -AWEA)は、世界各地で大型の風力発電所の建設が続き、今年末の世界の総発電容量は、日本の原子力発電所約20基分に相当する2千万キロワットの大台を突破する見通しだとする報告書をまとめた。

昨年新たに建設された風力発電所の容量は、同時期に新設された原発の容量を上回り、新規発電容量では風力発電が2年連続で優位に立った。同協会は、「風力発電のコストは着実に下がっており、建設期間も短くて済むなどの利点がある。これからも原発に対する優位は続くだろう」としている。

同協会や欧州の風力発電業界などのデータをまとめると、昨年の新規風力発電の容量は380万キロワットで、同時期に建設された原発の容量の305万6千キロワットを上回った。国別ではドイツの約170万キロワットが最高で、スペイン、デンマークの順である。

この結果、世界全体の風力発電の容量は約1700万キロワットに達し、年間総売上額は40億ドル(約5千億円)に上る。欧州諸国や米国、中南米、アジアなどで大型風力発電所の建設が進んでおり、今年末の容量は約2万キロワットに達すると試算されている。発電コストも最新の発電所では1キロワット時3セント(約3.7円)以下と、天然ガスや原発の電力価格より有利になりつつある。

原子力発電所の使用済み核燃料中に残っているウラン238と中性子との反応によって生成されるプルトニウム239の半減期は、24000年である。このプルトニウムが、私達の子孫にとって宝物となるのか厄介物となるのか、ひとりひとりがもう少し深く考えることも必要である。仮に厄介物となった場合、現代に生きる私達は、地球史上に未来永劫に悪名を残すことになる。原子力発電が生まれてから半世紀が経とうとする今日、その最終処分方法はまだコンセンサスを得ていない。そして東京電力・柏崎刈羽原子力発電所でのプルサーマル計画実施の是非を問う刈羽村の住民投票でも反対が過半数を占め、国の核燃料サイクル政策にとって大きな打撃になる。

「植物も動物もごみは一切出さない。人間こそが異星人と思われる」

小泉純一郎首相は、5月21日の参院予算委員会で「自然との共生」の大切さをこんな表現で訴える。そして「日本が世界の中で環境問題に一番熱心な国との評価を得ないといけない」と力説した。

ニューヨーク・タイムズは、共和党を離党しブッシュ政権に激震を与えたジェームズ・ジェフォーズ上院議員を「マベリック(maverick一匹オオカミ、異端者)」と形容した。この単語は、小泉純一郎首相の就任時にも新首相を象徴する言葉として、米メディアが好んで使ったものである。

異星人の故郷へともどる旅が始まろうとしている。私達を導くのはマベリックかもしれない。(つづく)

■参考・引用

CNN、CNNジャパン、英エコノミスト、ロイター、ワシントン・ポスト

ニューヨーク・タイムス、ロサンゼルス・タイムス他海外メディア

日本経済新聞、時事通信、共同通信、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、

読売新聞、NHK他日本メディア

● Misinformation and Scare Tactics
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A37159-2001May16.html

● Nuclear Power Gains in Status After Lobbying

● A renaissance that may not come
http://www.economist.com/World/na/displayStory.cfm?Story_id=623959

● A coup in the Senate
http://www.economist.com/agenda/displayStory.cfm?Story_ID=637602

● American Wind Energy Association (AWEA)

ABB(アセア・ブラウン・ボベリ)もメンバーに入っています。

CLEANPOWER 2021

○ AWEA MORE NEW WIND GENERATING CAPACITY THAN NUCLEAR

INSTALLED WORLDWIDE FOR SECOND YEAR IN A ROW
http://www.awea.org/news/news010510nuc.html

園田さんにメールはyoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp