規制緩和の寵児「発泡酒」増税のという愚策
執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】
「ビールも発泡酒も同じだから」という理由で発泡酒の税金を上げようとしている。政治化もマスコミもたった8年前のことを忘れようとしている。ここでもういちど発泡酒が日本に登場した背景をおさらいしておきたい。
11994年暮れ、発泡酒を「ホップス」の名で最初に世に出したのは、サントリーである。背景には輸入ビールの急増があった。おかげで世間は原料の麦芽の比率をほんの少しだけ落とすことで、世界一高い日本のビール税を免れることを知った。
ホップスの希望小売価格は350ミリリットル缶で普通のビールの225円に対して180円だった。主原料の麦芽の割合を65%に押さえたため、ビール税の適用を外れ、大幅値下げが可能になった。サッポロビールはさらに麦芽の比率を25%まで下げて150円という価格を実現した。いまでは小売り価格120円台が常識。自販機の清涼飲料とほとんど変わらない。
それまでほとんど酒屋で「定価」で販売していたビール類が値崩れを起こしたのはディスカウント店のおかげである。ディスカウント店は洋酒やビールを手始めに化粧品などの値引き販売に参入。結果として安価な輸入ブランドが街にあふれ、大手企業を震え上がらせた。
ビール業界では海外の安いビールが日本市場になだれ込み、スーパーのダイエーまでがベルギーのビール会社と提携、小売価格128円などという缶ビールが市場に出回った。当時のビール業界の人々は128円ビールの登場に泡を食った。「350ミリ缶でビール税が90円近くを占めている。赤字販売だ」と流通業界をなじった。
調べてみると、ビールの輸入価格は、当時、24本入り缶ケース1箱の価格が「6ドル」とか「7ドル」程度で、国内メーカーの工場出荷の半分以下で、輸入ビールの価格圧力は相当なものだったに違いない。
サントリーが考えたのは、国内製造でのコストを大胆に切り下げられない以上、酒税の方でなんとかしなければならないということだった。幸い日本の酒税でビールの定義は「原料の麦芽比率が全体の3分の1以上でなければならない」という規定があった。
そこで「麦芽料が3分の1以下ならば酒税が各段安い“発泡酒”という分野でビールと同じ品質のものを売り出せる」という目からうろこの逆転の発想にたどり着いた。そもそも当時、ドイツ以外にビールの品質規定で「麦芽比率」を設けているところはなく、麦芽比率60%以下のビールも多くあったから、ビールという名前さえ気にしなければ安い“ビール”を世に出すアイデアはいくらでもあった。発泡酒はそんな時代背景から生まれた。
背景には急速に進む円高があった。消費者は円高にもかかわらず物価が一向に下がらないことに不満を募らせていた。その2年前に自民党内閣が崩壊して、細川内閣が誕生したのも実は「変わらない日本」に対する国民の意思表示だった。
発泡酒増税は単に1缶当たり20円増税するとか10円に圧縮するべきだと論ずるような問題ではない。円高が国内の流通に規制を揺さぶり、酒税のあり方をあざわらう「発泡酒」が誕生した。その結果かどうか分からないが、キリンの牙城が切り崩され、アサヒビールが国内生産のトップに立った。業界ランキングが逆転した唯一の業界がビール業界ということができる。発泡酒は規制緩和の
寵児なのである。
政府はまもなくネットで1・5兆円減税を決めることになっているが、所得税が減税になるわけではない。お年寄りの金を子どもたちに差し出す生前相続の非課税枠拡大などは姑息な住宅産業支援策にすぎない。多くの国民が求めているのはそんな減税策ではない。小泉首相の人気を支えてきたのは無駄な財政カットであり、そのためならば多少のデフレは我慢しようというまっとうな考え方だったのではないだろうか。
多くの国民が望んでもいない減税の見返りにたばこや発泡酒を増税するのは小泉内閣の足を引っ張る愚策である。