論議さえされないマラソンの五輪代表「一発選考」
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
朝日新聞が2月13日付朝刊「オピニオン」のページで、「三者三論 マラソンの五輪代表考」と題した特集を組んでいた。複数の選考レースの結果を踏まえて代表を決定する日本流の方式と、米国流の「一発選考」方式の是非を論じたものである。
「金メダリストが失速するなど、またもめそうなマラソン五輪代表選考。残る男女1レースに視線が集まる。正当な選考方法とは――」(リード部分)と問題提起した上で、増田明美氏(スポーツライター)、中山竹通氏(大阪産業大陸上部監督)、マーク・ウエットモア氏(米国・陸上選手代理人)の主張を記者の聞き書きで掲載している。
増田氏は、佐々木七恵氏とともに日本女子マラソンの草創期を代表するランナーで、ロス五輪に出場した。中山氏は、1980年代から1990年代初頭にかけて、瀬古利彦氏、宗茂、宗猛兄弟らと日本男子マラソンの黄金期を築き、ソウル・バルセロナ五輪で2大会連続4位入賞を果たした名ランナーである。ウエットモア氏は、シドニー五輪男子マラソン優勝のゲザハン・アベラ(エチオピア)ら有力選手を抱える代理人である。
紙面の経歴欄では触れていないが、増田氏はマラソンの五輪代表選考の決定権をもつ日本陸連の理事である。いわば陸連の『広報委員』的な立場にある。
男女各3人の五輪代表選考基準について、増田氏はこう述べている。「世界選手権でメダルを獲得した日本人トップは内定、残りの枠は、世界選手権と国内3大会の上位入賞者から本大会(五輪)でメダルを獲得、または入賞が期待できる選手」。陸連の公式見解である。
陸連が指定した複数の選考レースの結果を踏まえて、陸連の理事会・評議員会が代表選手を決定する。日本は長くこの選考方式を採用してきた。
一方、スポーツ大国・米国などが採用しているのが「一発選考」である。過去の実績は一切考慮に入れず、ある1レースの結果によってのみ代表選手を決定する。
陸連理事である増田氏は、紙面の冒頭から「俗に言う『一発選考』には反対です」と述べた上で陸連の見解を展開している。メディアを通して何度も繰り返し主張されてきた内容なので、ここに再録する必要はないだろう。「日本は現実的に考えられるベストの方法をとっていると見ています。――戦う機会を複数与えている点でも、米国など一発選考で決める国より、公平さが保たれていると考えています」と語るウエットモア氏の主張も陸連の見解を補完する内容である。
3人の主張の中で注目すべきは、中山氏が展開した「一発選考積極支持論」である。以下、少し長くなるが、中山氏の主張を紙面から引用する。
中山氏は「過去の実績で選ぶなら、選考会は必要ありません。みなが同じスタートラインに立たないと公平とは言えません」と述べた上でソウル五輪選考の例を挙げる。
「ソウル五輪(1988年)の選考は、87年の福岡国際で一本化しようと暗黙の了解がありました。有力選手が多く、別々のレースを走ったのでは、誰が強いのか分からないからでした。ところが瀬古利彦さん(現ヱスビー食品監督)が直前になってけがで棄権しました。私は『はってでも出てこい』というようなことを言いました。選考では、いかに体調を合わせ、能力を発揮するかが問われているからです。福岡では、30キロまで今の世界記録を上回るペースで飛ばしました。瀬古さんが出場しなかったので、誰もできないことをしないと、五輪の出場切符は転がり込んでこない、と思ったからです」
選考レースのあり方についてはこう語っている。「①選考レースの一本化②国内外を問わず、1年間のレースの記録③4年間のポイント制、などが考えられますが、私は基本的には一発勝負でやればいい、と思う。その時に強くなければダメなんです」
自らのマラソン哲学にも触れている。「マラソンは本来、人との駆け引きです。それが出来ないから、日本の男子は五輪で勝てない。選考レースにペースメーカーはいらない。42・195キロを最初からみんなで駆け引きさせる。そして記録と優勝を求めさせればいい。それがマラソンなんです」
中山氏の展開した論旨は二重の意味で重要である。一つは、実にまっとうな主張であることである。氷雨の福岡をスタートから独走で駆け抜けた自身の体験を踏まえ、独自のマラソン哲学や選手の心理面にも言及した論旨には説得力がある。選考レースのあり方についても幾つかの例をあげて提言している。
もう一つは、中山氏のこうしたまっとうな論旨は、新聞・TVなど主要メディアでは正面から取り上げられることがほとんどないということである。
朝日新聞は「三者三論」で中山氏に一発選考論を語らせているが、それ自体が新聞・TVなど主要メディアにとっては異例なことである。メディアは以前に書いたペースメーカー(設定タイム通りにレースを先導するランナー)同様、いやそれ以上に一発選考論には触れたがらない。一発選考を論じること自体が『タブー』のように扱われてきた。
何故か。メディアに一発選考は不利益をもたらす厄介者である。日本において、メディアはスポーツイベントとあまりに深くかかわりすぎている。メディアは既にスポーツイベントの主催者と受け手(読者、視聴者)との間で情報を伝達する媒体ではなくなっている。
スポーツイベントに関しては、メディアは当事者(主催者)の立場にあるからである。そのことの詳細については、次回に書くことにする。
成田さんにメールは narita@mito.ne.jp
スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/