球界を閉鎖系から開放系へ(3)「鎖国スポーツ」と「黒船」来襲
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
プロ野球は国内に限定された「鎖国スポーツ」である。W杯や五輪に出場して、そこで勝つことを最高の目標とする他の競技とは違って、プロ野球は国際大会を目標に掲げたことはない。
プロ野球の「憲法」である野球協約は、MLB(メジャーリーグ・ベースボール)優勝チームとの「世界一決定戦」実現をうたっているが、絵空事にすぎない。目標実現のために理論武装も外交努力も、何もしていないからである。
2、3年に1度程度、MLB選抜チームやMLBの単独チームが来日し、プロ野球選抜チームや単独チームと試合をするが、あれは真剣勝負の場ではない。親善試合、エキシビションの類のものである。
球界再編、1リーグ化をめぐって、オーナー会議などで韓国、台湾との東アジア優勝決定シリーズや東アジアリーグ構想が浮上した。しかし、これも1リーグ化に伴うマイナス面を補うための「方便」である。オーナー会議の中でこれまでそんな構想が論議されたことはない。韓国や台湾のリーグ側と構想を話し合ったこともない。
今年、MLB側から提案された野球のW杯開催についても、まともに取り合ってはいない。プロ野球は国際競技としての野球には関心がない。国際競技化することによる市場拡大にも興味がない。
野球の国際化に関心のないプロ野球は、選手の海外進出、具体的にはMLB入りも阻止してきた。野球に限らず、競技者(アスリート)がより高いレベル、最高レベルの競技環境を求めるのは、いわば本能である。球界は、選手の本能を長い間、封じ込めてきた。
プロ野球選手の海外進出の先駆者は野茂英雄である。近鉄を退団した野茂は1995年、MLB・ドジャースに入団した。ワールド・シリーズまで中止となったMLB長期ストが行われた翌年だった。野茂はその年、リーグの新人王と奪三振王を獲得し、鮮烈なデビューを飾った。
野茂は追われるように日本を離れた。近鉄に複数年契約を求めた契約交渉が決裂し、任意引退選手となってMLB入りした野茂に対して、球界とそれに関わる人たち、野球解説者やマスメディアは、まるで連携したかのように「罵詈雑言」を浴びせかけた。
しかし、彼らの対応は、野茂のMLBでの活躍によって、手のひらを返すように激変した。野茂の人格攻撃までした解説者やマスメディアは、その年のうちに野茂の「賞賛者」に変身した。その辺の事情を今も記憶している心ある野球ファンは多いに違いない。
野茂の成功は、後進に大きく道を開いた。佐々木主浩、イチロー、松井秀喜、松井稼頭央らスターたちが続々とMLB入りした。今年、MLB最多安打257本の更新を狙うイチローはMLBのスーパースターになった。プロ野球からMLBへの流れはもう誰も止められない。
野茂の成功は、プロ野球とは違うMLB文化を日本にもたらした。日本最大のTV局であるNHKが、当時普及し始めたばかりのBS放送の「目玉コンテンツ」として野茂を位置付けたからである。NHKがその年、野茂の登板した全試合をBSで放送したことで、MLB人気に火が付いた。
NHKはMLBを積極的に日本に紹介しようと狙ったわけではない。「目玉コンテンツ」である野茂、そしてその後の佐々木、イチロー、松井秀らを露出させることによって、BS放送を普及させようとしただけである。NHKは今年、いまや彼らの「秘蔵っ子」になった松井稼、イチローに、正午と夜7時の定時ニュースで、「きょうの松井稼」「きょうのイチロー」枠を設けるほど肩入れしているが、MLBの試合結果などには興味はない。
しかし、BS放送を通して日本でも多くのMLBファンが生まれた。そして、MLBファンはプロ野球との違いに気付きだした。内野に芝生があることによる内野守備の面白さ。プレーの質の高さはもちろんだが、選手が観客席に飛び込んでしまうほどのフェンスの低さ。内野スタンドとフィールドを隔てるネットなどない一体感。MLB最古の球場であるボストン・フェンウェイパークの左翼にそびえる「グリーンモンスター」。2番目に古いシカゴ・リグレーフィールドの外野フェンスを覆うツタ。強制的にではなく、自然発生的に生まれる声援とブーイング―。プロ野球にはない野球の楽しさを発見した。
今年のオールスター戦前日に行われたホームラン・ダービーには象徴的な「演出」があった。ダービー前のセレモニーでは、最多本塁打記録をもつハンク・アーロンはじめ500本塁打以上の記録保持者が勢ぞろいした。そして、ダービー本番中の外野には、強打者たちの打球をキャッチしようとする、ユニホームを着てグラブをもつ小学生たちがいる。MLBは100年もの歴史と未来を担う子どもたちに支えられていることを端的に示す演出だった。プロ野球にはないものである。
江戸時代末期、浦賀沖にやって来た4隻の蒸気船は、徳川300年の太平の眠りを覚まさせた。「黒船」である。野茂やイチロー、松井秀を「看板商品」として、NHK・BS放送に乗ってやってきたMLBも、プロ野球にとっては「黒船」になった。しかし、「黒船」来襲にも眠りから覚めない人たちがいた。プロ野球の球団オーナーら球団経営者たちである。
彼らはこう考えていたのだろう。長嶋茂雄氏が引退あいさつで使った言葉、「読売巨人軍は永遠に不滅です」になぞらえて言えばこうなる。「プロ野球は他のスポーツとは別格の国民的人気スポーツである。何もしなくても、何も変えなくても、プロ野球人気にかげりなど起きようもない。プロ野球人気は永遠に不滅であり続ける」。彼らは、彼らの足元が音をたてて崩れ始めたことに気付こうともしなかった。(2004年9月24日記)
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