熱くなってきたアメリカ大統領選
執筆者:中野 有【アメリカン大学客員教授】
アメリカは大統領選で熱くなっている。ぼくも熱くなっているので急いでコラムを発信したくなった。
ブッシュ大統領とケリー上院議員の2回目の討論が終わったばかりである。1回目の討論は、ケリーのホームランだとすると本日の討論と3日前のチェニー副大統領とエドワーズ上院議員の討論は、全くのイーブンだと感じた。討論後のテレビの解説もそのような意見が多い。
でも、ケリーのホームランの余韻があるのか、ケリーに追い風が吹いているように感じる。大げさかもしれないがアメリカ国民のみならず世界の運命を変えるだろうこの選挙に熱くなる国民に接し、民主主義の健全性が心地よい。危機に面したときに始めて民主主義に目覚めるのであろうか。40年以上前、ケネディー大統領は、「政策の違いだけなら選挙の勝ち負けに影響するだけだが、外交政策の失策は、我々すべての運命にかかわってくる」と語っている。この言葉こそ今年の選挙に当てはまる。
知る限りでは、日本のメディアはブッシュ支持が多く、大統領選の行方をベールに包み報道しているように感ぜられてならない。日本からみれば日米の同盟国を最重要に考え、中国を戦略的競合国と位置づけ、経済の保護主義を嫌うブッシュ政権との波長が合うからであろう。それよりもブッシュが再選されると予測してきた日本のメディアが修正を加えることを嫌っているのが主な理由だと推測する。
誰が大統領になってもそれ程、変わるものでもないとの意見も日本から聞こえてくるが、ブッシュが大統領でなければイラク戦がこれほど泥沼化することはなかった。これからの4年は、実に重要である。
ブッシュは、アメリカ国民を大量破壊兵器を通じた国際テロ等の攻撃から守ることが 最も重要な仕事であると答えている。ケリーも同じ主旨のことを述べているが、ブッシュとケリーの違いは、究極的な目的に国際協調主義か世界平和が基軸になっているかどうかにある。
ブッシュは、イラク戦の正当性を唱えるとともに戦争関与政策の修正を拒んでいる。一方、ケリーは、イラク問題の解決は国際協調にあり、アルカイダ等の国際テロへの対決姿勢を国連やNATOといった集団的安全保障の中で捉えようとしている。
ブッシュの単独主義とケリーの国際協調主義から考察すると、北朝鮮問題に対する両者の姿勢が逆転する。ブッシュは、中国や韓国の意向を尊重する外交政策で6者会合を支持している。ケリーは、北朝鮮の核開発こそが深刻な脅威であり、北朝鮮との2国間交渉こそアメリカが推進する政策であることを明確にした。正確には、ケリーの対北政策は、2国間と多国間の両方である。多くのアメリカ人は、ケリーの北朝鮮やアルカイダへの強硬な姿勢に驚くとともに、ここで一挙にケリーの信頼度が高まったようである。
アメリカ大統領は世界で最もパワフルな存在である。そこで、ブッシュの問題は、アメリカを守ることが最優先であるところにある。ケリーは、アメリカを守ることを第一に考えるが、少なくとも大統領が国連の集団的安全保障や経済社会理事会の機能を最大限に生かした世界平和を考えなければいけないと考えている。
ブッシュ、チェニー、ケリー、エドワーズの中で、実際、中産階級の生活を経験したのは、エドワーズだけであり、経済、雇用、教育問題等を語るに説得力がある。下座鳥瞰できる素養のあるエドワーズの魅力が、ケリーを支え、決定的な票に結びつくと思われる。
予測ははずれるものであり、国際情勢を読むのは難しい。でも、萬晩報のコラムニストとしてその時の真実や空気を描きたい。イラク戦が始まる前から、不吉な予感がするイラク戦を回避するために全くの微力であったが萬晩報などを通じ自由に意見を述べてきた。コラムはインターネット上に残るので、書いたことに信念がなければいけない。
少し、時を経て熟成されたコラムにも焦点が合うことがあるので、以下の7月中旬作成のコラム(国際開発ジャーナル9月号、中野有の世界を観る眼)を引用する。
米国の大統領選が数カ月先に迫ってきた。マスコミの論調は、現状分析が多いがシンクタンクでは、数カ月先の結果を予測するのみならず、その根拠を明らかにしなければならない。
ブルッキングス研究所やジョージワシントン大学の研究所では国際協調を支持する性格上、民主党寄りの主観が強いが、キャピタルヒルのケリー事務所やエドワーズ事務所等を訪れ、外交政策担当者から話を聞きながら大統領選の行方を考えてみた。ケリー氏が有利な根拠として以下の5つが考えられる。
1.外交・安全保障・イラク戦が焦点 イラク戦の大義であった大量破壊兵器が見つけられないことにより、ブッシュ大統領の一国主義や先制攻撃が及ぼした批判が蔓延していると同時に、イラク戦は回避できたとの見方が広がりを見せている。
2.4年前との比較 クリントン政権と比較し、ブッシュ政権の経済、社会、外交分野の評価が低い。経済や雇用の回復は、この1年間は上昇しているが4年前と較べ改善されたとは言えない。戦時中における大幅な減税は双子の赤字を膨張させたのみならず富裕層優遇の政策が批判対象になっている。
3.第3の波 ワシントンで大規模な女性を中心とする中絶と反戦のラリーが行なわれ、予測をはるかに上回る100万人規模の人が集まった。この層の多くは、4年前の選挙の関わりが少なかった第3の波であることから浮動票が民主党に動くと予測される。
4.華氏9.11の影響 戦時中におけるマスコミの論調は、保守が蔓延する。そのためか、戦争批判とリベラル色の強いマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画である華氏9.11は、公開前のマスコミは否定的な論調が主流であった。しかし、封切りと同時に記録的な大ヒットなり、ブッシュ批判の社会現象が大衆のパワーとして拡大している。
5.ケネディー大統領の再来 ケリー、エドワーズ両氏ともケネディー大統領を尊敬している。ケリー氏は、ケネディー大統領と親交があり、共に戦争で負傷し勲章を受けている。チェイニー副大統領は、政治のプロとして評価は高いが、現在の米国の空気は、政治のプロより新鮮なカリスマ的な政治家を求めているようである。その点、政治経験は浅いがカリスマ的な雰囲気を醸し出すエドワーズ効果は絶大である。
余談を述べると、ジョージタウンでケリー婦人と偶然会った時、「日本から応援しています」と述べたところ、日本語で短い返事が返ってきた。ケリー婦人は、モザンビーク生まれで、南アフリカでも生活し、国連の通訳の経験もあり5カ国語を話される。ケリー婦人の夫であった共和党のハインズ上院議員が飛行機事故で死亡したので、ケチャップで有名なハインズの約700億円の遺産をケリー婦人は相続した。ケリー氏と婦人の出会いは、リオで開催された国連の環境サミットであり、環境に縁があると考えられる。京都議定書に反対するブッシュ大統領との対立も興味深い。またケリー婦人の共和党人脈とケリー氏のユダヤ人脈の影響力は大きい。
平和主義の弱点
米国の民主党のイメージは、国際協調主義、理想主義、平和主義、楽観主義である。しかし、民主党の大統領の時代に大規模な戦争が発生している。例えば、第一次世界大戦は、ウィルソン大統領、第二次世界大戦は、ルーズベルト大統領、朝鮮戦争は、トルーマン大統領、ベトナム戦争は、ジョンソン大統領の民主党の時代に起こった。共和党のニクソン大統領の時代にベトナム戦争は終わり、冷戦が終焉したのは、同じく共和党のレーガン大統領の時代であった。偶然にも平和主義に軸足を置く民主党の時代に戦争が発生したとの事実から考察すると、必ずしも平和主義が平和を構築するとは限らない。
戦争の後には、平和が到来する。平和の構築において民主党は、国際協調主義を貫いている。ウィルソン大統領は、国際連盟を、ルーズベルト大統領とトルーマン大統領は国際連合を構築した。国際連盟の欠陥は、軍事制裁を含む集団的安全保障が確立されなかったことや、米国が加盟しなかったこと並びにドイツ、ロシア、日本の主要国が脱退したことにある。また、国際連合の弱点は、東西の冷戦の影響で集団的安全保障が曖昧であると同時に、国連軍としての軍事制裁が機能しないことにある。
米国の先制攻撃によるイラク戦争が起こる直前の国連安全保障理事会では、米国が主張する集団的安全保障とフランスが主張する安全保障には大きな隔たりがあった。歴史の教訓から紛争を予防し平和を維持し、構築するためには世界の警察官が必要である。
ケリー大統領候補の外交・安全保障政策
ケリー氏は、国際協調主義による国連の強化を唱えている。換言すると、冷戦の勝利の驕りによる米国一国主義による世界の警察官としての役割を軽減し、国連による世界の警察官の必要性を主張している。イラク戦におけるブッシュ大統領とケリー氏の戦争関与政策の違いは、国連外交の信頼度にある。両者ともイラク戦争の必要性を説いた。ブッシュ大統領は、1カ月待てばフランスが戦争に関与する状況があったにもかかわらず、先制攻撃をしかけた。ケリー氏は、ブッシュ大統領の近視眼的一国主義による戦争関与政策の危険性を主張した。即ち、ケリー氏の外交・安全保障政策では、フランスやロシアの協力により戦争を行なうか、国連によるイラクの大量破壊兵器の査察に重点をおき戦争を回避するかであった。ケリー氏の外交政策は、ハト派的平和主義でなく、外交と軍事のバランスのとれた国際協調型現実主義でもある。
ケリー外交と日本の安全保障
一般的に、日本の脅威には、北朝鮮等の仮想敵国によるミサイル攻撃、国際テロの勃発、大地震等の自然災害である。この中で発生する確率の高いのは、国際テロ、自然災害、敵国によるに本土攻撃の順番であろう。
ケリー氏の外交・安全保障に影響を与えているのがブルッキングス研究所である。ブルッキングス研究所のオハロン研究員は、米国が世界の警察官として貢献するのには限界があると指摘すると共に、世界の紛争地域に敏速に派遣するために20万人の国連軍が必要であると唱えている。
東西の冷戦終焉時の米軍の海外派兵は60万人であったが、それが20万人まで減少している。
現在、東アジアの10万人の米軍の再編が計画され、韓国の3万7千人の米軍の3割の削減が発表されている。これは推測であるが、ケリー氏が大統領になれば、米軍が影響力を有する国連軍の創設が考えられる。オハロン研究員が指摘するような国連軍による世界の警察官としての役割が注目されるのではないだろうか。
米国には国土安全保障省がある。日本の防衛にも国土安全保障省に類似するものが必要である。国際テロ、自然災害、ならず者国家、これら三つの脅威から守るための安全保障政策を国際協調の視点で考慮することが肝要である。日本の外交・安全保障の基軸は、日米同盟、国連外交、アジア重視、開発協力にあり、これらが生かされるためにはケリー氏の国連を中心とした国際協調主義に日本の安全保障との連携と新たなるビジョンが必要となる。
例えば、ケリー氏が国連中心の安全保障体制を描いていることから沖縄に国連軍が駐留し、地域紛争の予防、自然災害の復旧を目的とした活動を行なう可能性もあると考えられる。東京で大地震が発生したときに沖縄の国連軍が復旧活動を行なったり、国連軍に所属する日本人がアフリカや中東の紛争予防の活動に従事するという国際協調の可能性も生み出されよう。そのような活動が、米国の一国主義の是正と日本の安全保障、ひいては地球規模の紛争予防につながると考えられる。イラク戦の泥沼化は、米国の大統領選の台風の目となるのみならず、国連の安全保障政策に大きな影響を与えると考えられる。
中野さんにメールは E-mail:tomokontomoko@msn.com