朝鮮半島の4つのシナリオ
執筆者:中野 有【アメリカン大学客員教授】
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未来のことは誰にも判らない。しかし、未来の人間から観れば現在がどの道をたどったかは明らかである。過去の人間が判らなかったことを我々は知っている。時流の中で生まれた構想に人物や国の特徴が加味され、リーダーや国民の相性を通じ構想が変化し実践され歴史が形成されてきた。歴史の残像から未来が見えてくる。
現在がどの方向に導かれたかを知っている未来の人間が納得する平和への構想を練ることこそ我々の重要な仕事である。平和構想を練るとは、未来から現在を照らしてみたときに明確になるいくつかのシナリオを描写し、紛争を未然に予防し、安定と発展に寄与することであると考える。
そこで、中東に並び最も不安定要因の高い日本の目と鼻の先にある朝鮮半島の動向、特に何年か先に現実となるいくつかのシナリオを考察したい。
概して朝鮮半島がたどるシナリオは4つに集約できる。最初の2つは、北朝鮮の体制が崩壊することを前提としたソフトランディングとハードランディング。第3は、ステータスクオ(現状維持)。第4は、核を保有する朝鮮半島。この4つの道に加え、最悪のシナリオをも織り込み、それを回避し、最善のシナリオへと導くことが求められる。
性悪説と性善説
これら4つのシナリオを論じる前に、荀子の説く人間の本性は悪であるという性悪説を前提に、紛争が発生する状況について考える必要がある。
性悪説を前提とすると、タカ派の現実主義から妥協なき力による対立から平和が生まれるとの考えに至る。即ち、根本的に北朝鮮は信頼できない国であり、経済制裁や軍事制裁を実施しなければ北朝鮮がミサイルや大量破壊兵器の開発を放棄しないとの考えである。朝鮮半島の38度線を境に勢力均衡が成り立つ情勢においては、100万の兵力の対峙による抑止力が機能し紛争は回避されてきた。
しかし、このまま北朝鮮が核やミサイル開発を諦めず、また北朝鮮が直接、大量破壊兵器を使用しなくても国際テロのネットワークを介し、核のみならず生物・化学兵器が国際テロ集団に拡散される可能性が明確になった時点で、予防防衛の観点から先制攻撃が行われる可能性が高くなる。ブッシュ政権と金体制というタカ派同士の対立が性悪説を加速し、北朝鮮の衛星の役割を果たす国際テロにつながる可能性があり、極度の恐怖感が判断を誤らせこともあると考えられる。
韓国が唱える太陽政策のような宥和政策は、孟子の性善説に基づく思想であり、北朝鮮の体制やブッシュ政権の戦争関与政策と比較するとナイーブに映る。
世界大戦の歴史に焦点をあわせると、アメリカのヨーロッパやアジアに対する不干渉が、紛争の芽を育てると同時に外交・安保の真空状態がパールハーバーのような奇襲攻撃を許したのである。状況により異なるがハト派による宥和政策が戦争を駆りたてることもある。アメリカがイラクの泥沼から抜け出せぬ状況が継続することで、アメリカの関与が北朝鮮に及ばず真空が生まれる。それが現在の朝鮮半島のステータスクオでもある。
その間、IAEAの査察もなく北朝鮮が大量破壊兵器の開発を推進することが可能となり、この真空状態は北朝鮮にとってプラスであると同時に非常に危険な結末を迎えることをも示唆している。そのような状況での韓国の太陽政策や多国間の6者会合は、外交の真空を埋める意味で、建設的関与政策として機能している。
朝鮮半島を取り巻く米中ロの大国が戦争を回避する意思を示している限り、北朝鮮への先制攻撃や北朝鮮から他国への攻撃の可能性は低い。しかし、北朝鮮から国際テロへの大量破壊兵器の拡散が行われたり、また、抑止力が効かない北朝鮮内部のクーデターが発生した場合、アメリカは、予防防衛の手段として先制攻撃のオプションも辞さないと考えられる。何故なら戦争関与するか、或いは外交に懸けることによるリスクを天秤にかけた場合、ブッシュ政権は、戦争関与政策を全面的に押し出すと考えられる。9.11のトラウマがそうさせると考えるのが現実的である。
従って、北朝鮮の瀬戸際外交が危険な領域を越えた場合、戦争、大量殺戮、難民発生、北東アジアの経済崩壊のみならず世界経済、安全保障体制に及ぼす影響・・・最悪の事態へと連鎖していく。北朝鮮問題は、ヒロシマ型(ウラン)とナガサキ型(プルトリウム)の原爆を含むのみならず、大量破壊兵器の拡散や国際テロ組織との連鎖も起こりうる根深い問題である。故に、戦争というオプションを完全に排除するためのグランドデザインが必要である。
4つのシナリオ
ソフトランディングこそ最も重要な実現させるべきシナリオである。北朝鮮の国益と国際社会、正しくは、北朝鮮と直接係わる国との共通の利益の合致を見いだし、信頼醸成を築き、安定と発展に導く政策である。これは、性善説を基本に対立を排除するために太陽政策等の経済協力による刺激策で、北朝鮮を国際社会の仲間に入れるという政策である。根本には、米朝の不可侵条約が実現されるかどうかでソフトランディングのベクトルが定まる。
北朝鮮は既に150カ国以上と国交正常化を実現させている。さらに日朝、米朝の国交が正常化されれば、大規模な経済協力・資金協力が実現される。これはマーシャルプランのような戦争後の復興支援でなく、戦争を未然に防ぐための北朝鮮とその周辺の国際公共財の建設を目指す経済協力である。
性善説で金体制が国際社会に順応するという見方であり、またソフトランディングが実現されることにより北朝鮮が開放され将来的に金体制が崩壊するという考えである。加えて、リビアの成功例が示すように、金体制の継続を維持させることを前提に「アメとムチ」の巧みな外交と環日本海交流のような人と人の交流やローカルとローカルな経済交流を通じソフトランディングさせることも充分可能である。時間をかけながら平和的解決で朝鮮半島の統一が実現される。
第2は、ハードランディング。「悪の枢軸」である北朝鮮という危険な因子を排除するためには、経済制裁のみならず軍事制裁を実施すべきであり、それらの積極的な対北朝鮮封じ込め政策や戦争関与政策により安全保障が成り立つという政策である。北朝鮮の瀬戸際外交に歯止めがかからないときに大量破壊兵器の拡散を防止するための処置として性悪説を前提とした近代兵器による軍事的外科手術を最終手段として行う。最悪のシナリオであり、大きなリスクが伴うが、アメリカのタカ派は、アメリカの本土防衛とアメリカの覇権安定にとって必要悪だと解釈する。
第3は、このままステータスクオの状態を維持すること。このメリットは、アメリカは中東問題に集中することができ、北朝鮮という危険因子を利用しながら日本からの資金提供を受け、米国の傘によるミサイル防衛構想を推進し、東アジアの米軍の再編成に寄与する点にある。中国のメリットは、現状維持で北朝鮮の崩壊や吸収合併による復興支援の荷物を背負うことなく日本の明治期の富国強兵の如く経済発展に特化しながら自ずと軍事大国になる点にある。
第4は、北朝鮮の核保有による朝鮮半島の抑止が成り立つとの考えである。ステータスクオが継続されることは、北朝鮮の核開発に必要な時間を提供していることでもある。東西の冷戦期における核の抑止力も機能するとの考えもあるが、特に日本の国益を脅かすことになり、日本も核保有国への道を模索し、核不拡散条約が完全に崩壊する。
現状打開
日朝と日中の関係は厳しさを増している。拉致問題がこじれ北朝鮮への経済制裁が発動され、日本海を挟み緊張が高まる。日米のミサイル防衛に拍車がかかり、周辺諸国との関係が悪化し、極東の軍拡が進む。靖国問題や南京大虐殺が蒸し返され中国の反日感情が煽動され、日中関係が悪化する。国連の常任理事国への道を探る日本にとり、国連のP5である中国との妥協が不可欠であるが、日本の国民感情はそれを許さない。
このような厳しい北東アジアの国際情勢の中で、日本は、如何に平和を構築することができるのか。戦前の日本の侵略行為に対する歴史的精算がなされてないというのが中国や北朝鮮の世論であるなら、日本は日本の資金と技術を効果的に使い、北東アジア諸国と協議し北朝鮮周辺に大規模な国際公共財を造り、北朝鮮のソフトランディングに寄与することで日本、北朝鮮、中国の共通の利益の合致点を見いだすことができる。
北朝鮮による日本の尊厳を踏みにじった行為に対しては、妥協すべきでない。そこで経済制裁の発動による反動を織り込み予定調和させるマルチの経済協力による平和へのグランドデザインが必要となる。中国へのODAが削減された場合、中国と協力し多国間協力として北朝鮮周辺に国際公共財(鉄道、道路、天然ガスパイプライン、人材育成、通信、観光等)をアジアの価値観を重視し整備する。
マーシャルプランは、戦後復興と共産主義封じ込めを目的とした。米ソの妥協なき対立により抑止力が機能し調和をもたらしたのが冷戦の結末だった。北朝鮮問題の解決は、紛争を未然に防ぐための経済協力が機能し、北東アジアの共生圏が構築されたことにより実現されたと未来の歴史書に記されることを夢見る。北朝鮮問題を経済協力で解決するシナリオを練ることこそ日本の開発コンサルタント、いや日本人として最もやりがいのある仕事である。
中野さんにメールは E-mail:tomokontomoko@msn.com