迷走・NHKラグビー生中継の「副産物」
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
NHKが2月12日午後2時から生中継した、ラグビーの日本選手権準々決勝、トヨタ自動車ー早稲田大戦は、日本のラグビー中継としては出色の出来となった。NHK上層部が現場に下した理不尽な「業務命令」が思わぬ「副産物」を生んだからである。
審判(主審)のジャージーの胸についた「朝日新聞」のロゴをめぐって、NHKの方針が生中継をするしないで二転三転した、あの生中継である。
昨年からの一連の不祥事とそれに対するお粗末な対応が大規模な受信料不払いを生みだし、海老沢勝二前会長の辞任にまで至ったNHKだが、いまだに視聴者の意向が組織の上層部には伝わっていないようである。
そうでなければ、大会を共催する日本ラグビー協会に手続き上の落ち度があったとしても、審判の胸のロゴごとき問題で、予定していた生中継を、前日になって突然キャンセルする決定など下せるはずがない。
審判の胸のロゴが問題ならば、広告だらけのプロ野球の球場はどうするのか。松井秀喜が所属するヤンキースの本拠地、ヤンキースタジアムの右翼フェンスにある巨大な「読売新聞」のロゴはどうするのか。フィギユアスケート・NHK杯のリンクの周囲はすべて広告で覆われている。世界最大のスポーツの祭典である五輪やサッカーW杯の会場も、広告で埋め尽くされている。
視聴者の意向を理解できないNHKは、朝日新聞との「喧嘩」の場所」間違えたのである。喧嘩はスポーツ中継ではなく、報道番組や特集番組でやるべきことである。
話がだいぶ横道にそれてしまったので、そろそろ本題に戻すことにする。
録画中継から一転して生中継に方針を決定したNHK上層部は、中継現場に対して、ある業務命令を下したはずである。
審判を正面から、特に上半身がはっきり見えるアップで撮ってはならない。特に動きが止まった映像は厳禁である。審判を撮る場合は流れの中で、しかも引いた映像でしか中継してはならない。
現場のカメラマンや中継映像を選択するディレクターにとっては、相当な難題である。ラグビーやサッカーなどボールゲームでは、しごく当たり前のことだが、ゲームはボールを中心に展開する。一つ一つのプレーを判断する審判は、可能な限りボールの近くにいなければならない。だから、審判を正面から、アップで撮ってはならないという制約を受けると、撮影・中継は極めて困難な作業になる。
しかし、NHK上層部の理不尽な業務命令は思わぬ副産物を生んだ。ゲームの展開が実に分かり易く画面に表れたからである。
ゲーム自体も、実力で劣る早稲田大が強力FWと、ジョニー・ウイルキンソンを擁するイングランド代表のようにキックを効果的に使った戦法で、後半の中盤までトヨタ自動車を上回る試合をした。最後は実力差がでて力尽きたが、近年の学生・社会人対決では希にみる好ゲームになった。
ラグビーの醍醐味は、選手が密集した状態から、一瞬のうちに選手とボールがフィールドいっぱいに展開することにある。当然、その逆のケースもそうである。だから、選手のアップを多用する日本の中継スタイルでは、ラグビー本来の展開する魅力がうまく伝わらない。
JリーグのサッカーをTV見慣れた人が、欧州のサッカーをTVで見ると、ほとんどの画面が引いた状態であることに驚くだろう。ラグビー中継もそうである。選手の表情や個々人の小さい動きよりも、ゲームの展開の面白さを優先する。だから、アップよりも引いた画面が多くなるわけである。
ラグビーやサッカーよりも、選手がポジションごとに固定されている野球(ベースボール)でもそうである。日本の中継は打者と投手のアップばかりで、外野はおろか内野の守備位置でさえ画面からではよく分からない。走塁や外野からの返球などまともに焦点を当てない。
メジャーリーグの中継も、打者と投手との一対一の対決は基本だが、内外野のフォーメーション、走塁の素晴らしさ、イチローの「レーザービーム」のように外野手の返球の素晴らしさを伝えてくれる。それらはいずれもアップではなく、引いた映像である。楽々とホームインする姿など無意味なシーンは無視してしまうこともある。
NHKがラグビー日本選手権の準決勝、決勝も生中継することを決めた。日本ラグビー協会は審判の胸のロゴをはずしてくれるよう朝日新聞に懇願したが断られた。NHK上層部は準決勝、決勝でも、あの業務命令を継続させるに違いない。
NHKのカメラマンやディレクターの皆さん。上層部の理不尽な業務命令を逆手にとって、あなたたちが苦しまぎれに編み出した副産物をさらに進化させてもらいたい。日本のスポーツ中継をリードしてきた優秀なあなたたちなら、スポーツ中継を新たな段階に進めることができるはずである。(2005年2月17日記)
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