Wの衝撃
執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】
■北朝鮮の鉱物資源に群がる米中韓
今年7月、1年1カ月もの間中断していた北朝鮮の核問題をめぐる第4回6カ国協議が再開され、現在は第5回6カ国協議の休会中となっている。
拉致問題解決に向けた期待も高まるが、悲しくも国際政治の冷酷な現実がある。ヨミウリ・ウィークリーの2005年7月31日号の『「北」の鉱物資源狙う米・中・韓』と題する記事の中で、2003年から北朝鮮問題の班長(アジア大洋州北東アジア課)を務め、今年3月末に同省を退職したばかり原田武夫が、「北朝鮮がレアメタル(希少金属)の国というのは米国ウォール・ストリートの常識だ」とした上で、「米国が資源外交を展開しているのは確かであり、この鉱物資源をめぐる米中韓と北朝鮮当局との“裏取引”が成立したことが7月の協議再開に結び付いたのではないか」との見解を述べている。
これを裏付けるように今年5月に韓国政府系機関の大韓鉱業振興公社が北朝鮮最大の鉄鉱石鉱山の開発に中国と共同で乗り出すことが明らかとなる。
さらに7月に第10回南北経済協力推進委員会が発表した12項目からなる合意文には、韓国側のコメ50万トンを借款の形で支援する見返りに、北朝鮮の地下資源の開発・投資を韓国側に保証し、実質的な共同開発を進めることも含まれている。
米国の狙いを知るためには時間を遡ればいい。1999年2月に行われた北朝鮮の地下核施設疑惑をめぐる米朝高官協議で、米側が提示した制裁緩和措置である。この措置には在米資産の凍結解除、経済制裁の一部緩和と並んで、亜鉛、金、タングステンなどの鉱山開発や農業分野で投資を希望する企業へのライセンスの発行などが柱となっていた。
特にタングステンにはドロドロとした日本をも巻き込む歴史的な因縁がある。実は北朝鮮はこのタングステンの潜在的埋蔵国として知られている。
■1950年のタングステン危機と「W計画」
1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発、そのわずか2,3ヶ月で戦争に要する物資の国内備蓄量が危機的な状況になった。これがタングステン危機の始まりである。トルーマン政権は国家緊急事態を宣言し、タングステンの入手に奔走することになる。
スウェーデン語で重い石の意味を指すタングステンは、貫通力を高めるための弾芯として1940年代半ばから戦車砲や戦闘機の機関砲などに使われてきた。1949年までの米国は、時には日本軍の目をかすめながら、蒋介石の友人であるK・C・リー率いるワーチャン貿易を通じてタングステンを入手してきたが、中国共産党の勝利によって中国の輸出先は米国からソ連へと変わる。米国は新たな供給国として韓国を選び、ソウル南東にある上東鉱山に触手を伸ばすが、朝鮮戦争勃発直後にこの鉱山が北朝鮮軍の手に落ちたためにタングステン危機が起こったのである。
このタングステン危機の短期的な解決策として国防総省が目を付けたのが日本であった。
「陸軍のダミー会社であった昭和通商に頼まれて、昭和15年、16年の2回にわたって、当時の金で70ー80万円に相当するヘロインをヤミ価格で買い入れた。このヘロインは後に中国大陸に運ばれて南シナでタングステンと物々交換された。」
これは、1945年12月、A級戦犯容疑で巣鴨プリズンに拘束され、48年12月に岸信介、笹川良一らとともに巣鴨拘置所を出所した児玉誉士夫の47年7月21日及び23日の調書内容である。
児玉は、陸軍主導で1939年に三井物産、三菱商事、大倉商事の3社の出資によって設立された昭和通商や海軍管轄の児玉機関上海事務所を通じて、戦時中にタングステンやダイヤモンド、プラチナなどを調達し、終戦直後には闇市で売りさばき、その売上の一部が自由党の設立資金にまわされていた。
この児玉調書からタングステン・ルートの情報をつかんだ国防総省と米中央情報局(CIA)によってタングステンの元素記号Wを取った「W計画」が開始される。このW計画には戦前の米駐日大使ジョゼフ・グルーの部下だったユージーン・ドーマンを中心とするドーマン機関人脈やCIAの前身のOSS(米戦略局)のケイ・スガハラなどが関与した。そして、児玉と協力しながら中国本土に隠されていた500トンのタングステンを市価の6割で国防総省に売却した。この代金と利益について、米ニューヨーク・タイムズ紙は、53年の選挙資金として日本の保守政治家に渡されたと伝えている。
彼らは、理想主義のニューディール派が取り仕切る日本の民主化路線を激しく非難し、日本の再建には天皇制が精神的支柱として必須であり、財閥解体を即刻やめるべきだとする「逆コース戦略」を押し進めた。
結果としてこの戦略が成功し、経済大国としての今日の日本につながるが、この背景にあったのは、冷戦時代の到来を象徴する朝鮮戦争勃発そのものであり、ジョージ・ケナンのソ連封じ込め政策によって日本がアジアの反共防波堤として位置付けられたためである。
なお、このW計画は氷山の一角に過ぎず、CIAによる対日秘密資金工作は、冷戦が激化していく50年代初めから60年代まで広範に行われ、数百万ドルが保守政党へ、55年の保守合同以後は自民党に集中的に供与されていた。
かつての旧ソ連が主導する各国共産党の国際組織コミンテルンを彷彿させるが、当時ソ連や中国のH2機関も日本共産党や社会党を通じた対日工作を行っており、これに対抗する狙いもあったものと思われる。
■タングステンから劣化ウラン弾へ
タングステンに話を戻そう。現在の米国は弾芯に何を使っているのだろう?
米国はタングステンから新たな弾芯へと切り替えるために、1950年代から軍事利用を目的とした実験を開始する。そして、その特性から戦車や装甲車に撃ち込むと、分厚い装甲を突き破り、車中を焼き尽くす威力を見出す。1978年頃にはこの新弾芯の生産・配備に入るが、これは戦車を主力とする北朝鮮の機甲旅団の韓国侵略のシナリオに対応するのが主な理由だったと言われている。
この新弾芯が大量に実戦使用されたのは1991年の湾岸戦争である。以後、95年のボスニア紛争、99年のコソボ紛争、2001年のアフガニスタン攻撃、そして03年のイラク戦争でも使われる。
これが劣化ウラン弾誕生の裏側である。劣化ウランは、タングステンと比べて「核のごみ」という性質上、極めて低コストである。そして、何よりもタングステンの資源埋蔵量の約4割が中国に偏在していることから、米国の潜在敵国である中国への依存を避けたいとの戦略的理由がある(W鉱石の埋蔵量参照)。
劣化ウランには放射能、金属的毒性から人体、環境への深刻な影響があることは、「湾岸戦争症候群」のデータから、米国こそが熟知している。従って、米軍産複合体も劣化ウランから再びタングステンへという世界的な潮流に逆らいながら、使用し続けるリスクも当然計算に入れていることだろう。
中国は最新のイラクデータなどを活用しながら、世界の左派勢力を巻き込んだ劣化ウラン弾使用禁止の一大キャンペーンを行いつつ、北朝鮮を丸飲みすることでタングステンを手中に収め、米国を牽制しながら石油・天然ガス交渉に乗り出すのであろう。
これに対して米国は劣化ウラン弾への非難の声を黙殺し、朝鮮半島の再民主化を大義名分にレジーム・チェンジ(体制変更)に向けた対北朝鮮工作を行いながら、新たなW計画を発動するのである。
■「新たなW計画」の実行部隊
先月10月25日から2日間の日程でアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)主催の「日米同盟の変遷 防衛協力と統合の深化に向けて」と題するシンポジウムがキャピトル東急ホテルで行われた。
ここに前原誠司やプロテスタントの石破茂らとともに登場したのがニコラス・エバースタットと安倍晋三である。ここに更なる因縁も見出せる。
以前にも紹介したように、米軍産複合体の権化とも言うべきフェルディナンド・エバースタットという人物がいた。フェルディナンドは終戦直後の1945年9月にエバースタット・レポートを作成、戦争動員の迅速化と兵器開発の中枢としての国防総省、国家安全保障会議(NSC)、CIAの創設を提案した。つまり、この3機関の生みの親でもある。
W計画をきっかけにフェルディナンドが生み出したCIAを中心に、ドーマン機関人脈に児玉、岸、笹川などの巣鴨組が加わり、日本の裏と表を陰に陽に支配していくシステムが完成する。同時にこの人脈はブッシュ家をも巻き込みながら、勝共を合言葉に文鮮明率いる統一教会などとともに世界反共連盟(WACL)に結集、グローバルな反共ネットワークが出来上がる。今やこの反共ネットワークが原理主義的な宗教組織に匹敵する存在になっていることが、日本の保守系オピニオン誌の一部から読みとれる。
このフェルディナンドの孫こそが、『北朝鮮最期の日』の筆者であり、AEIの客員研究員を勤めるニコラス・エバースタットである。
そして、官房長官に就任した安倍晋三は、巣鴨組の岸信介の孫である。この二人が、冷戦終結の今も日米のネオコンやキリスト教右派を器用に操りながら、世代を越えて対北・対中強硬派人脈の中核として海洋勢力強硬派を構成する。
彼らが目指す民主化とは、米中衝突に備えてタングステンを米国に送り届ける北朝鮮の豪腕フィクサーを育て上げることかもしれない。しかし、後にロッキード事件でバッサリ切り捨てられた児玉誉士夫の生涯から、彼らの恐ろしさが見えてくる。
彼らと足並みを揃えるかのように、石原慎太郎・東京都知事は今月3日にワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)で講演し、米中間で紛争が起こった場合に「中国にとって一番目障りな日米安保をたたくために、もし核を落とすなら沖縄、あるいは東京を狙うだろう」と指摘した上で、「市民社会を持つ米国は戦争で生命の価値観に無神経な中国には勝てない。中国に対抗する手段は経済による封じ込めだ」と主張し、インドやロシアと連携を強化するよう提言している。
一方でプロテスタントを中心とする海洋勢力強硬派の反共ネットワークとは距離を置きながらも、その動向を注視する集団が大陸勢力の中心に存在する。反共の本家本元として、神なき共産主義に宗教の自由を迫るカトリックの総本山、ヴァチカンである。吉田茂の孫として英米の海洋勢力本流人脈を受け継ぎながらも、カトリックとして大陸勢力につながる麻生太郎外務大臣誕生は、海洋勢力と大陸勢力とがぶつかる地の波乱の幕開けを暗示しているかのようだ。
かつて、この二つの勢力に翻弄され、挫折したのが靖国神社にA級戦犯として祀られている松岡洋右である。日独伊三国同盟にソ連を加えた四国協商で米英に対抗するという野望から、スターリンに対して「政治的、社会的」ならぬ「道徳的共産主義」にまで踏み込んで、「日本には、道徳的共産主義がある。日ソでアングロサクソンの影響力をアジアから排除しよう」と懸命に訴えたことがある。この神なき共産主義への接近がヴァチカンをも刺激し、二つの勢力に加えユダヤ勢力をも結集させ、日本は太平洋戦争へと追い込まれていくのである。
この歴史の教訓から、「敵」と「敵の敵」を冷静に見極めながら、「敵」への安易な接近や小泉首相や石原都知事のように表立って敵を刺激する行為は当面控えるべきであろう。むしろ、水面下で「敵の敵」を奮い立たせる工作に知恵を絞ればいい。さもなくば、石原都知事の語る核の惨劇が現実になる。あるいは、中国全土に劣化ウラン弾の雨が降り注ぐことになるのだろうか。
(本稿は、増田俊男氏が編集主幹を務める月刊『力の意志』2005年10月号掲載の「北のタングステンをめぐるWの衝撃」に加筆修正を加えたものである。なお松岡洋右の物語は、まもなく再開する予定のビッグ・リンカー・シリーズにて取り上げてみたい。)
●参考グラフ
W鉱石の埋蔵量(出典:ITIA、タングステン・モリブデン工業会HPより)
http://www.jtmia.com/J/J_statistic1.htm
●主要参考文献
「ジャパニーズ・コネクション 海運王K・スガハラ外伝」
ハワード・B・ションバーガー/著 (文芸春秋)
「阿片と大砲 陸軍昭和通商の七年」
山本常雄/著(PMC出版)
「インサイド・ザ・リーグ 世界をおおうテロ・ネットワーク」
ジョン・リー・アンダーソン、スコット・アンダーソン/共著(社会思想社)
CIASpentMillionstoSupportJapaneseRightin50’sand60’s
NewYorkTimes,October9,1994
ShintaroIshihara,governorofTokyospokeatCSISon”Japan’sFuturePotential.”
http://www.csis.org/index.php?option=com_csis_press&task
=view&id=1462
園田さんにメール E-mail:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp