喝采を送りたい前原氏の羽田ハブ空港論
2009年10月12日、前原誠司国土交通相が羽田空港を24時間運用の国際ハブ(拠点)空港として優先整備し、首都圏で羽田が国内便、成田が国際便とすみ分ける原則も撤廃する考えを表明した。
政権交代とはこういうことなのだということを思い知らされた。あまりにも簡単に日本の航空政策の転換を示したのだが、地元千葉県は別として首都圏の多くの市民が喝采を送っているのだろうと思っている。
不便極まりない成田空港には多くの不満を持っていた。まず首都から遠いということ。行き帰りに半日ずつ無駄に してきた。空港に入るたびに受ける異常なほどのチェックシステム。開港30年を越すというのに整備が遅れている。国民の期待通りアジアのハブ空港になって いるならともかく、開港10年内外であるマレシーアのサパン、香港のチェップラップコック、上海の浦東、ソウルの仁川の後塵を拝している。否、もはやその 地位を奪われているといっていい。
そんな成田にもはや未練はないはずなのに、これまで政策転向ができなかったのは自民党政権にあった多くのしがらみなのだろうと考えざるを得ない。30年 経って国際ハブ空港になれなかった成田がこれから先、ハブ空港として完成する見込みはまずない。ないのだったらすばやく方向転換するべきなのが政治の役割 のはず。それができなかったのだ。
羽田が本格的な国際空港になれば、まず地方の空港が活性化する。ソウルに奪われていた地方の国際線の旅客を羽田に取り戻すことができるはずだ。羽田が活 性化すれば、次は関西に手を付ければいい。多くの反対の末に完成した神戸空港であるが、ハブとまでならなくとも国際線を飛ばす余力は十分にある。三ノ宮か ら15分という利便性を活用しない手はない。伊丹にも国際便を復活すれば、羽田同様に利便性の高い国際空港として再びその機能を果たすことが出来よう。
成田も関西も”政治”が生み出した国際空港である。旅客の利便を無視したその設計思想は終焉のときを迎えている。(伴 武澄)