日本経済はかつてない危機に直面しています。景気後退に加えて国民に見えにくい水面下での資産デフレが進行、これが企業や銀行経営にボディーブローのように効きはじめています。モノが売れなくなる。企業の利益が縮小したり赤字になる、その結果首切りが起きる、といったこれまでの不況とは性格が大きく異なります。また日々の国民生活のなかで不況感があまり切実に感じられないだけに、深刻といわざるをえません。資産デフレは、過去の行き過ぎた株式や土地の高騰を担保にした貨し付けが、こうした資産の大幅な下落によって大量に焦げついてしまっていることから生じているのです。大蔵省や日銀も、こうした事態を放置しておくと金融不安に陥り、日本経済が根本から立ち行かなくなるとの危機感を持っています。8月の末に打ち出された総合維済対策は、そうした状況を打破するために政府が打ち出したものです。
 資産デフレ
 日本経済はよく土地資本主義といわれます。基本的に企業の生産活動は、銀行からの借り入れや株式市場からの資金を調達して賄われています。銀行に金利を返し、株主には配当を保証することによって報いますが、借金をするにも株式市場から資金を調達するにも担保が必要です。その担保となるのが企業が持つ資産です。とくに銀行借り入れの際には土地が最大の担保となります。
 普通ですと、借金の支払いができなくなれば、銀行はその担保を売却して借金の穴埋めにすることができますが、借金の支払いが停止したうえに担保価格が半減していたとすればおおごとです。戦後は地価は下がらないことがほぽ神話となり、土地さえ担保にとっておけば安心してお金を貸していられたのですが、まさにそのおおごとが起き始めたのです。
 地価は、86年からの景気上昇期に全国的に一本調子で上がり続け、もはや大都市圏ではサラリーマンが土地付きの一軒家を購入できないほどの水準にまで達してしまったことは、承知のことと思います。しかし「山高ければ谷深し」のことわざ通り、地価は過去のピークから約3割程度下落しました。株式も同様に、89年12月の3万9000円から半分以下にまで下がりました。
 土地や株式を現実に売却したならば、価値が下落しても「大儲けした」「大損をした」ですみます。しかし土地や株式を担保にした場合はそうはいきません。企業が借金の返済ができなくなった場合、銀行は担保にした土地や株式を売却したとしても、借金の穴埋めができなくなるからです。
 銀行が貸すお金は庶民の貯金の集積でもあります。おおげさにいえば、銀行が借金の穴埋めができないということは、われわれが銀行に預けた貯金も返ってこないということになります。
 もちろん地価や株式の価格が一定の水準まで上がれば問題はなくなるのですが、国民が住む家が買えなくなるほど地価が再上昇すれば、それはそれで生活大国を目指す政府の政策にも逆行するというジレンマに突き当たります。
 金融不安から経済が崩壊すれば国民生活も何もなくなりますし、金融不安を一気に払拭させるために地価高騰政策をとれば国民生活が困ります。そうした意味で。政府はかつてない政策判断の岐路に立たされているといっても過言ではありません。
 10兆7000億円の大規模経済対策 そこで打ち出されたのが8月の「総合経済対策」です。87年の円高不況以来、5年ぶりの景気対策となります。今回の対策には公共事業の拡大、公共用地の先行収得、金融システム安定などのほかに、証券市場の活性化策や金融機関の担保不動産流助化策が盛り込まれています。
 政府がまず目指しているのは、景気の回復です。企業の業績が回復し、借金返済が滞っている企業の経営が立ち直れば、順調に借金を返済できるようになり、担保の目減りという問題も当面は解消されることになるからです。今後1年間で国民総生産(GNP)を少なくとも2%強押し上げるのが狙いで、総額で10兆7000億円規模となりました。
 政府が内外に公約している92年度の経済成長率は2.5%ですが。このままでいくとその半分程度の成長しか達成できないというのが大方の見方です。日本だけの事情ではなく、景気が落ち込みかけているアメリカからも景気対策を求められているのです。
 一口に10兆円といいますが。これは大変な規模といわざるをえません。まさにGNPの2%、年間の国家予算の十数%に相当するからです。大部分は国や地方の借金で賄われます。国の借金の累積が170兆円あり、財政再建の途上にあるにもかかわらず出費せざるを得ないというのが政府の判断なのです、
 立ち直るか金融機関
 しかし、それだけでは今回の経済的危機から脱却することは難しそうです。そこで株式市場の活性化策と金融機関に対する支援策を併せて盛り込んでいます。
 株式市場の活性化策によって、株価は1万4000円台を底にすでに8月後半から徐々に反騰、株式の売買量も増えてきました。
 確かに株式の価格が上昇すれば担保価値が回復するのですが、たとえば255万円で放出されたNTT株式が、もとの水準までもどるには相当の時間がかかりそうです。また上がれば上がったなりに国際的に低いとされる配当率がさらに低下することになり、株式投資の魅力は低減してしまいます。
 金融機関に対しては、焦げついた借金の担保となっている不動産を共同で買い上げる会社の設立を認めました。株式の買い上げ会社を設立した昭和40年不況を倣ったものです。8月時点で返済が滞っている貸し付けが30兆円もあるため急を要するのですが、金融機関が共同で設立するのは年末になりそうです。
 問題は金額が大きいことに加えて、購入した不動産が購入価格よりも高く転売できなければ効果がないという点です。
 結局、ある程度の焦げつき借金は、金融機関が利益のなかから自身の責任で償却せざるをえないことになりましょう。人員の再編や不採算店舗の閉鎖といった荒療治も求められています すでに証券会社はそうした人員整理化に着手しています。
 ただそうなった場合でも経営の正常化のためであって、決して銀行が危なくなったと考えないことです。これまで銀行経営はあまりにも順風満帆でした、初めて直面する試練といっていいのかもしれません、
 日本経済が現在抱える問題は、景気の先行きがみえないことに加えて金詰まり、つまり金融が動脈硬化を起こしているということです。カンフル剤で流れがもとに戻るのか、あるいはもっと手術が必要なのか、もう少し経済対策の効果を見守る必要があるでしょう。(共同通信 伴武澄)