育児休業法案まとまる 1991年12月Libre
女性にとって待望の育児休業法案が難産の末ですが、ようやくまとまりました。多くの大企業ではすでに育児休業制度を導入しているとはいえ、法律で一律に一定期間の休業を保障することは、やはり大きな前進と考えることができましょう。この法案の特色は男女どちらでも育児休暇を取れることを認めたことです。この点では男女機会均等法の精神をさらに一歩進めたものと評価することができますが、そもそも法律が必要になったのは、男女機会均等精神の拡大というよりも労働力不足への対応策のひとつであることを直視しておく必要がありましょう。また、今回は休業中の賃金保障はなく、中小企業への猶予措置を認めたこともあり、野党側から法案修正が求められるおそれが高く、平成4年4月の実施へ向けた国会審議では難航が予恕されています。
最高1年間の休暇を保障
育児休業法案の内容を簡単に説明しておきます。新しい法案はまず「民間の労働者は男女とか育児のために子が一歳に達するまでのあいだ休暇を取る権利を保障」したものです。そして、企業には「育児休業を理由とした解雇が禁止」され、休業の前に職場復帰後の賃金や配置などについて労働者に条件を提示する努力を義務づけました。基本精神は「企業は日々雇用や期間雇用を除いて従業員の育児休業の申し出を断わることができない」ということです。
ただ、従業員が30人以下の中小企業などに関しては法律の適用を3年間にわたって猶予することになっています。これは、代わりの要員を確保するのが難しいという小さな事業所の特別事情に配慮したものです。
この法案は、基本的に労働省の婦人少年問題審議会が労働界と産業界の意見を慎重に聴きながらまとめたものですが、審議の内容は必ずしも一致したものではなかったようです。
労働側は、①休業しているあいだの給与支払いを義務づける規定が見送られ、企業側に賃金を支払う義務がない②違反した場合の罰則規定がなく、法律を守らせる拘束力が弱い③中小企業への適用に猶予期間がある-ことなどに対して強く反発しました。一方の経営側は、休業中の賃金に関しては、「いかなる支払いも事業主に法律で義務づけるべきでない」と強硬に反対しました。
結局賃金問題では、「何らかの給付を行なうことは、企業と組合との労働協約などの制度の運用のなかでかなり実施されており、改めて法律で一定の枠組みを規定することは適当でない」との結論に達し、「休業期間中の経済的援助について出産手当金などのような賃金の6割程度を保障する制度を労使と国の3者で負担する基金制度を検討する」こととなりました。
もともと育児休業法案は、社会、公明、民社党など野党側が議員立法として昭和62年から3回にわたり、休業中の賃金支払い義務や罰則規定を盛り込んだ法案を提出、成立にいたらなかったという経緯があります。
このため、国会で与野党が協議、政府が改めて法案を提出することとなり、昨年12月から婦人少年問題審議会が内容を検討していたものです。ですから、法案が国会に提出された後、与野党が逆転している参議院では野党側から法案の修正が求められることは避けられそうにない状況となっています。
時代は労働力確保へ
育児休業問題は。男女機会均等の精神から端を発したもので労働省も昭和50年代から関心を示し、婦人少年問題審議会でも取り上げられました。しかし当時は企業の育児休暇制度の普及率が1割強に過ぎなかったため、59年3月に出された審議会の答申では、「制度の法制化は時間尚早」との判断が示されました。
しかし、60年代に入り急激な労働力不足が現実のものとなり、企業による採用活動が活発化して、とくに若い労働者の奪い合いが始まりました。人不足が賃金を押し上げ、ひいては物価も上昇するという悪循環も生まれています。一方で、出生率の大幅低下による将来の労動力確保への不安もますます高まっています。
こうした社会的背景から政府や産業界も、女性を「保護すべき対象」から「労働力の重要な要素」と位置づけるようになりました。女性労働者の統計をみますと、10代から20代前半までは欧米並みの就業率に達していますが、20代後半から30代にかけて就業率が大幅に低下しています。当然ながら、結婚後の出産や育児を理由に働くことを辞める女性が多いからです。
総理府の調査によりますと、「出産後も仕事を続けるほうがよい」と答える人は47年の11.5%から62年には28.5%へと増加していますが、共働き家庭での夫婦の役割分担の状況をながめてみますと、家事が「妻の役割」と考えているものが全体の9割を超えており、子どものしつけについても同様に「妻の役割」とするものがまだ4割もあるというのが現実です。
日本においては、依然として家事・育児の負担がより多くの女性の側にのしかかっています。
出産に関してはすでに休暇制度や休業中のある程度の賃金保障が制度化されていますが、育児期間中に対してはなんら法的保障がないのが現状です。そうしたことから育児と仕事を両立できるような支援策を充実させることが急務となったわけです。
平成3年度予算で、深夜保育の充実や女性の再就職への数々の支援策が盛り込まれたのは、こうした社会情勢の変化と切り離して考えることはできません。
こうした観点からみますと、女性の就労支援は育児休業法の成立はもちろんのこと、まだまだ多くの環境整備が必要といわなければなりません。
男女機会均等法が実施されているとはいえ、欧米に比べて女性の登用に関してはまだまだ十分とはいえません。子どもを持つ家庭の女性にとって、パートタイムしか働く道が開けていない問題も子どもを預ける保育所の絶対的不足と関わりないとはいえません。
また、先進諸国内でとりわけ長い労働時間も、家庭生活を犠牲にしてきた男性中心社会だったからこそ続いてきたという要素も強いのです。逆に女性を労働力として重視するならば、深夜労働や時間外労働に関する労働基準法の女子保護規定の廃止か検討せざるをえません。
今回の育児休業法の投げかけている問題は、「男は仕事、女は家庭」といういままでの「常識」に対する挑戦であるといえるかもしれません。1990年代は労働力不足という社会環境の大きな変化によって女性の地位向上がますます図られていくことが確実な時代に突入したといえましょう。(共同通信・伴武澄)