「自由は土佐の山間より出ずる」を今一度掲げる
高知に帰ってから知ったのは、かつて土佐山の西川という集落に山嶽社という夜学会があり、和田三郎という人物がいたことだった。和田三郎は自由民権運動において板垣退助を補佐し、『自由党史』を書いたことでも知られる。和田はまた孫文の中国革命にも共感し、雑誌や新聞を発行し、孫文の活動を側面から支援した。
和田の生家は「山嶽社」の看板を掲げ、西川の集落にひっそりとたたずんでいる。高知県で僕の最も愛する場所であり、僕が土佐山で活動をするきっかけになった場所でもある。
自由民権運動は維新後、高知に産声を上げた。多くの運動家、思想家を排出した陰に「夜学会」という学舎が高知県の各地に生まれたことは意外と知られていない。
自由にものを語り、主義を主張するという幕府時代にはなかった風潮が突然、高知の地に生まれ、燎原の火のごとく全国に広まった。全国の自由民権を求める牛耳がこの高知県にフォーカスされた時代だった。
自分たちが思う存分楽しむという高知の県民性はその時代に育まれたのだと考えている。1月23日から始める「はりまや橋夜学会」はその伝統を引き継ぐ試みである。
「自由は土佐の山間より出ずる」というスローガンをもう一度掲げる時が来た。ご支援をよろしくお頼み申す。