1989年秋、天安門事件の後、テレビから姿を消していたテレサ・テンがTBSの歌番組に出演し、「私はチャイニーズです」と言ったことを思い出している。台湾は第二次大戦が生んだ分断国家の一つである。このことを頭に入れずに台湾問題を語るべきではない。現在の政権政党の民進党は「台湾は中国ではない」というが、野党国民党は「中国は一つ」という主義を捨てていない。民進党が中国でないというのなら、北京語を捨てればいいのに、いまだに北京語を国語としている。国名も変えればいいのだが、それこそ大陸が黙っていない。国民もそこまでは求めていない。意識の上では少数民族を除くほとんどが自らチャイニーズだと思っている。日本時代から台湾に住んでいる福建省や広東省系の人々も先祖の墓を大陸に持っているからややこしいのである。
 今は民主国家の名に恥じない選挙制度を持っているが、35年前はそもそも選挙もなかった。蒋介石を中心とした独裁国家だった。戦争に敗れた日本は1951年のサンフランシスコ条約で台湾を放棄したが、その帰属については明言されなかった。中国に返還するのが当たり前だった。その前、敗戦後の10月、中華民国の陳儀将軍が戦勝国の一員として台湾を接収にやってきた。中華民国が大陸を掌握していたから当然のことだった。
 10月25日、陳儀は台北に来た翌日、台北公会堂で、中華民国政府及び連合国代表として台湾総督兼第10方面軍(台湾軍の後身)司令官であった安藤利吉との間で降伏文書調印を行った。 施政権の移譲が行われたのである。この時点で、台湾は公式に中華民国の領土となったといっていい。問題はその後、国民党は大陸で共産党との戦いに敗れ、100万人の将兵とともに台湾にやってきて、台湾を統治し今に到る。かつての中華民国は首都を南京に置き、広大な大陸を領土だとしていたが、実効支配をしていたのは台湾島だけ。台湾省を置いていたが、今は台湾省という呼び名もない。

 1971年、「国際連合における中華人民共和国の合法的権利の回復」を指すアルバニア決議が可決。中華人民共和国が中華民国の持つ国連安保理常任理事国の座を継承し、「蒋介石の代表を国連から追放する」と決議した。
 台湾の国民は南北朝鮮と同じように、いまも多くのジレンマを抱えているのだと思う。誰もいつか大陸に民主主義が起きたら、同じ国になりたいと思っているはずだ。だから絶対に戦争などしたくないはず。そんな台湾を有事だといって騒ぎ立てる日本の存在は迷惑に違いない。