高知市を熟知するボランティアガイドの人々
1月24日、高知市議観光振興議連と土佐観光ボランティアガイド協会の人たちとの意見交換会があった。ボランティアガイドの面々は、龍馬の生まれたまち記念館を拠点に、高知城や桂浜などで日々高知の歴史や風土を観光客に伝える貴重な役割を担っている。会員が109人いて、年間1000万円の収益を上げている。全国的にみても最も成果を上げている観光ガイドグループの一つらしい。毎日、街のすみずみまで歩いているため、高知市の健康状態を熟知している。行政の行き届かないところ、矛盾しているところなどが会話の中でポンポン出てくる。例えば、神田の和霊神社を訪れる「龍馬脱藩コース」が昨年10月からのバスの路線の変更で大きな影響があったそうだ。我々は日々その路線に乗っているひとだからこそ分かる矛盾を初めて知った。また生まれたまち記念館の運営が県外業者に担われていることについても痛烈な批判が出た。その県外業者は3年前から、指定管理業者に選定されているが、昨年の入札で再任され、今年4月から5年間記念館の管理を担うことが決まっている。意見交換の中で、ボランティアガイド協会こそが、運営を担うにぴったりの組織ではないかと思った。「1年前に意見交換が行われていれば、高知市議の仲間と一緒に応援できたはず」。そんな残念な思いをした。「昨年は自由民権運動150周年で、自由民権の歴史をたどる新コースもつくったが、あまり盛り上がらなかった」。まさに高知らしい新たな発想の観光ツアーだったが、高知市はデカレンジャーとか分からないものにご執心で予算面でも応援がほとんどなかった。僕は「最近知った、男爵イモの生みの親、川田龍吉が北海道で顕彰されているのに高知にはそんな場所がないと思ったが、旭駅の近くに龍吉の父親で岩崎弥太郎の片腕となった川田小一郎の生誕地の石碑が建っていたのに驚いた」という話をしたが、ボランティア倍度協会の役員たちはウンウンとうなづいていた。そんなところまで高知の歴史を熟知しているのだった。こういう人たちのアイデアを一つひとつ実現していけば、高知市の観光はもっともっと発展するだろうを考えさせられた。「市民の声を行政に」と口でいうのは容易いことだが、市民の声はなかなか行政に届かないというのが実態だ。