日経新聞は11月28日朝刊で「さらば香港、失われた輝き」と題して、「世界的な金融機関が相次いで機能を香港から移転している」と報じた。香港は1997年に中国に返還されてからも「開放性と本土へのアクセス」で発展し続けた。この路線が大きく転換したのは10年代後半。中国政府が香港国家安全維持法を成立させ、民主派政治家やジャーナリストが相次いで逮捕された。また、コロナウイルスのまん延で香港は本土と同様の厳しい管理下に置かれて国外との交流が絶たれた。香港はもはや「開放性と本土とのアクセス」を失い、復活する見通しもないというのがその論調だった。

事実、香港はこの7カ月、コロナ感染者は10人未満で、完全にコロナウイルスを封じ込めている。これは本土と同じ厳しいコロナ対策が実施されている結果だ。香港は2020年、コロナの影響でマイナス成長に陥ったが、今年になって成長力を取り戻している。しかし、香港経済を支えて来た柱は金融と不動産。特に規制の少ない自由な経済システムに魅力を感じて来た世界的金融機関がその機能を香港から移転することになれば、香港の輝きは一気に失われることになる。

一国二制度は中国とイギリスが香港の返還交渉をしていた際に、鄧小平が提示した政策だった。返還後50年間は、香港の現状を変更しないという約束だった。基本的には「社会主義」を適用しないということであった。中英が香港返還に関する共同声明を発表したのは1984年12月。当時、香港には民主主義はなかった。香港総督は英国王が任命し、選挙というものは存在しなかった。

一方、中国は1990年4月に、「中華人民共和国香港特別行政区基本法」(香港基本法)を成立させた。返還後の香港の憲法に相当する。

「一国二制度」による特別行政区として国防・外交以外の「高度な自治」を保障し、資本主義制度を50年間変更しないと明記。行政管理権、立法権、司法権をもち、財政の独立、通貨・パスポートの発行、国家以外のメンバーが参加できる国際組織・国際会議に「中国香港」名義での参加を認めている。コモン・ロー(英米の慣習法)など返還前の法律を保持し、中国本土と異なり死刑は廃止している。香港が管理する事務に中央政府・地方政府が干渉することも禁じ、「準国家」的な地位を保障している。特別行政区の首長である香港行政長官と香港立法会(議会)については返還から10年後の2007年までの選出方法を定め、最終的には香港行政長官と全議員を普通選挙で選出することを明記している。

この「高度な自治」については中国と世界各国とで解釈が大きく食い違う。中国の法律であり限り、解釈権は当然、中国側にあっていいはず。問題はトランプ政権になってからのアメリカの中国政策が「封じ込め」に転換したことではないか。2019年、逃亡犯条例改正案をめぐって、学生らによる大規模な抗議活動が行われたのに対して、欧米各国が支援の声を挙げた。国家安全維持法の制定はこの反対デモをきっかけに制定されたのだとすると、中国が香港に対する姿勢をより頑なにした可能性すらある。