近づくシヤンカンと呼ぶ日 夜学会204

 香港のリンゴ新中国政府に批判的な香港紙「リンゴ日報」を発行するメディアグループの最高経営責任者(CEO)ら幹部5人が17日、香港国家安全維持法(国安法)違反の疑いで香港警察に逮捕された。警察によると、約30本の記事が外国に中国や香港政府への制裁を求める内容だったとして、「外国勢力と結託して国の安全に危害を加えた」としている。創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏も未許可デモ組織の罪などで実刑判決を受け、国安法違反の罪でも公判が続く。(朝日新聞)

 香港は広東語でホンコンと呼ぶが、同じ地名なのに北京語ではシャンカンと発音する。広東語と北京語は、広東語とベトナム語ほど違う。そもそも中国には数限りない言語があって地域性の違いと言えないほど異質な部分があるものを、中国共産党は「一つ」に統一しようとしてきた。

 そんな中で広東省は特別の扱いを受けて来た。まずは言語である。多分に香港の影響を受けていたからだと思うが、テレビで北京語が流れないのは広東省だけかもしれない。政治的には、孫文の革命運動も広東省から始まり、中央との対立も激しかった。蒋介石の北伐も広州から始った。文化大革命の時代、鄧小平が一時期、広東省に匿われていたのは有名な話である。葉剣英という共産党の有力者の地盤が広東省だったため、中央で地位が危うくなった人が広東省に逃れることが度々あった。北京政府といえども広東省には手出しできない歴史があったことは確かだ。1978年からの改革開放経済で四つの経済特別区のうち、三か所が広東省内にあるため、資本主義化が最も進んだ地域だった。その理由は香港との人的つながりが強かったからだとされる。その意味から、広東省の発展は香港があってのこと。香港の特殊性がなくなれば、広東省の衰退につながることは必至である。香港問題を語る際に忘れてはならないのは、広東省の特殊性である。

 特殊性で言えば、広東省は中国のユダヤ人とも称される客家の故郷でもある。客家は中原にいたかつての王族たちが南へ南へと流れて特別の言葉と習慣をずっと維持してきた。集団で暮らし、主に商業を生業とし、教育レベルも高かったため政治家や官僚を多く輩出してきた。人口は世界に5000万人とされる。その人的ネットワークは半端ではない。孫文、リークワンユー、李登輝、鄧小平、宋美齢はみな客家、蔡英文も客家である。客家ネットワーク文化を加味するならば、本来は香港の特殊性を維持する方が得策だと考えるのだが、©現在の北京政府はどうもそうではないようである。香港の教育までも広東語を排除しようとしている。広東語に対する圧力が加われば、広東省の人々も黙っていないだろう。ホンコンがシャンカンと変更される日が来ることだけは避けなければならない。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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