レ・ミゼラブルの衝撃 夜学会

日時:9月18日(金)午後7時から

場所:はりまや橋商店街Water Base

17日、愛宕劇場で「レ・ミゼラブル」を見た。ヴィクトル・ユゴーの作品だと思って見ていたら、スクリーンにジャン・バルジャンやコゼットが出てこない。19世紀のパリが一向に現れない。やがて、僕は勘違いをして映画館に入ったことを知った。

時代はフランスがサッカー・ワールドカップで優勝した年。ユゴーの小説の場となったパリの下町モンフェルメイユ。「新人警官と同僚たちが、ある少年の引き起こした些細な事件をきっかけに、やがて取り返しのつかない事態へと陥っていく」。この地区は今ではアフリカ系回教徒が多く住む貧しい街となっている。フランス映画であるのに白人は数人しか登場しない。主人公ステファン、「この町では俺が法律だ」とほざく警察官とその上司の女性だけだ。ほとんどは黒人と褐色の人たち。「市長」も黒人、警察官も白人ではない。

映画はフランスでの移民社会での苦悩を描くのだが、多くの思いが頭をよぎった。中東やアフリカからの移民問題。アメリカでの人種対立。パリに回教徒の多く住む地区があることは知識として知っていたものの、移民社会がもたらす対立がこれほど凄まじく描かれた映像はみたことがなかった。まずそのことに衝撃を受けた。こうした問題がパリ以外のヨーロッパの多くの街で起きているのだろうと想像するのに時間はかからなかった。それでもヨーロッパの多くの国では移民の寛容さを持っていることに驚かざるを得ない。

自由とか平等だとか我々が日頃なにげなく使っている言葉があり、正義を掲げる政治家が少なくない中で、近代社会が当たり前として来た多くの崇高な理念までもが、どこの惑星のものなのか分からなくなった。同じ日、菅さんは新政権をスタートさせた。メディアに規制緩和やデジタルの文字が踊っていることに大いなる違和感を感じた。僕のやってきた夜学会のテーマも日本という小さな島国に矮小化されていることに今悩まされている。

地球規模で起きている一番難しい問題は人種間の対立であり、そのことはアメリカだけではなく、ヨーロッパ全体に広がっているのだ。この人種間の対立にどう考えどう行動するのか、僕を含めた日本社会は全く無感覚である。見て見ないふりをするという表現があるが、たぶん今の日本にはこの問題を見る視覚すら持っていないのではないか。そう思うと怖ろしい。

ラジ。リー監督インタビューhttps://fansvoice.jp/2020/02/29/les-miserables-ly-interview/

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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